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22:「忘れない」(3)
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「…………」
自転車のハンドルを握る手に力がこもる。
カラカラとタイヤの回る音だけが流れていく。
どうしよう。何を言おう。
あまりにも過去が悲惨すぎて、かける言葉が見つからない。
俯いていると、影山くんの声が降ってきた。
「ごめん。こんなこと聞かされたって困るだけだよな。ただ、過去にそういう経験をしてきたからこそ、茅島さんが眩しく映ったって言いたかっただけ。忘れていいから」
その言葉に、私は足を止めた。
「忘れないよ」
顔を上げて言う。
「忘れない」
ほんの少しだけ大きくなった影山くんの目を見つめて、私は繰り返した。
「私は影山くんの過去をどうすることもできないけど、ちゃんと覚えておく。何もできないからこそ、せめて、忘れないから。一緒に帰ろうって誘ってくれて、辛い過去を話してくれて、嬉しかった」
できれば話したくないはずの過去を、影山くんは打ち明けてくれた。
私なら他人に口外したりしないと信じ、打ち明けるに足る人物だと認めてくれたんだ。
だから、私がいま言うべき言葉はただ一つ。
「ありがとう」
心から微笑むと、影山くんは瞬きの回数を増やした。
そして、困ったように視線を逸らし、電柱や民家の壁を見て、また私に焦点を戻す。
「……いや。こちらこそ、ありがとう」
影山くんの声は尻すぼみになっていった。
「なんで影山くんがお礼を言うの」
おかしくなって、私は笑った。
すると、つられたように影山くんも笑った。
それ以上の言葉は要らず、再び二人並んで歩き出す。
彼が笑ったことで、重い空気はどこかへ消えてしまった。
「ずっと気になってたんだけど、二次元にいる影山くんの彼女ってどんな人?」
多くの車や人が行きかう大通りに出たところで、私は思い切って尋ねた。
「……馬鹿にされたり、笑われたことはあったけど、真面目に聞かれたのは初めてだな」
影山くんは眉を寄せ、困惑したような顔つきになった。
「やっぱりギャルゲーのキャラなの?」
「さらっと言うな……抵抗ないの?」
「うん、全然。うちのお兄ちゃんもリビングでギャルゲーしてたし」
平然と頷く。
大きなテレビに映し出された二次元美少女を見て、呑気にソファでスナック菓子を食べながら、「私、この中ではマミちゃんが好きー」「俺はリナだなー」とか言い合っていたこともある。
「……不思議な家なんだな」
一人っ子の影山くんは、一緒にギャルゲーを楽しむ兄妹がいるだなんて信じがたい様子。
「多分、うちがちょっと特殊なんだと思う。あっ、念のために言っとくけど、健全なギャルゲーだよ? さすがに18禁とかじゃないからね!」
「わかってるよ」
私の慌てぶりがおかしかったのか、影山くんは口の端を上げた。
あ、また笑った。
影山くんの笑顔が増えてきたな。良いことです。
「おれが好きなのはソシャゲの『クロノスオーダー』の早乙女ユキハ」
「そうなんだ」
帰ったらチェックしてみよう。
「あと、茅島さんに聞きたかったことがあるんだけど。『幻想ファンタジア』やってるって言ってただろ」
「うん。いまもよく遊んでるよ。ほぼ毎日。あ、影山くんもやってるんだよね? 良かったらフレンドにならない?」
「……ああ」
何故か、覚悟を決めるような一拍を置いて、影山くんは頷いた。
「引かないでほしいんだけど、私、実はネナベ……男性アバター使って男性になりきってるんだ」
照れ笑いを浮かべて頭を掻く。
「……。俺も、ネカマやってる」
影山くんは小声で言った。
「え、そうなの!? 意外! なんていうキャラ名? 私はリツキっていうんだけど」
私がそう言うと、影山くんは虫歯の痛みでも堪えているような、なんとも複雑な顔をした。
「……やっぱり……」
「やっぱり?」
「クラスメイトのためにピアノを弾くって聞いたとき、まさかとは思ったんだ。カフェでバイト始めたって聞いたあたりから、ゲームにいない時間帯がシフトぴったりで、ほぼ確信に変わったんだよな……」
影山くんは俯き、何やらブツブツ呟いている。
「??」
首を傾げていると、影山くんは意を決したように顔を上げて言った。
「……俺がスピカです」
私は呆然。
影山くんは無言。
そして、しばらくの時間が流れ。
「…………嘘ぉぉぉぉぉぉ!!?」
私は絶叫した。
自転車のハンドルを握る手に力がこもる。
カラカラとタイヤの回る音だけが流れていく。
どうしよう。何を言おう。
あまりにも過去が悲惨すぎて、かける言葉が見つからない。
俯いていると、影山くんの声が降ってきた。
「ごめん。こんなこと聞かされたって困るだけだよな。ただ、過去にそういう経験をしてきたからこそ、茅島さんが眩しく映ったって言いたかっただけ。忘れていいから」
その言葉に、私は足を止めた。
「忘れないよ」
顔を上げて言う。
「忘れない」
ほんの少しだけ大きくなった影山くんの目を見つめて、私は繰り返した。
「私は影山くんの過去をどうすることもできないけど、ちゃんと覚えておく。何もできないからこそ、せめて、忘れないから。一緒に帰ろうって誘ってくれて、辛い過去を話してくれて、嬉しかった」
できれば話したくないはずの過去を、影山くんは打ち明けてくれた。
私なら他人に口外したりしないと信じ、打ち明けるに足る人物だと認めてくれたんだ。
だから、私がいま言うべき言葉はただ一つ。
「ありがとう」
心から微笑むと、影山くんは瞬きの回数を増やした。
そして、困ったように視線を逸らし、電柱や民家の壁を見て、また私に焦点を戻す。
「……いや。こちらこそ、ありがとう」
影山くんの声は尻すぼみになっていった。
「なんで影山くんがお礼を言うの」
おかしくなって、私は笑った。
すると、つられたように影山くんも笑った。
それ以上の言葉は要らず、再び二人並んで歩き出す。
彼が笑ったことで、重い空気はどこかへ消えてしまった。
「ずっと気になってたんだけど、二次元にいる影山くんの彼女ってどんな人?」
多くの車や人が行きかう大通りに出たところで、私は思い切って尋ねた。
「……馬鹿にされたり、笑われたことはあったけど、真面目に聞かれたのは初めてだな」
影山くんは眉を寄せ、困惑したような顔つきになった。
「やっぱりギャルゲーのキャラなの?」
「さらっと言うな……抵抗ないの?」
「うん、全然。うちのお兄ちゃんもリビングでギャルゲーしてたし」
平然と頷く。
大きなテレビに映し出された二次元美少女を見て、呑気にソファでスナック菓子を食べながら、「私、この中ではマミちゃんが好きー」「俺はリナだなー」とか言い合っていたこともある。
「……不思議な家なんだな」
一人っ子の影山くんは、一緒にギャルゲーを楽しむ兄妹がいるだなんて信じがたい様子。
「多分、うちがちょっと特殊なんだと思う。あっ、念のために言っとくけど、健全なギャルゲーだよ? さすがに18禁とかじゃないからね!」
「わかってるよ」
私の慌てぶりがおかしかったのか、影山くんは口の端を上げた。
あ、また笑った。
影山くんの笑顔が増えてきたな。良いことです。
「おれが好きなのはソシャゲの『クロノスオーダー』の早乙女ユキハ」
「そうなんだ」
帰ったらチェックしてみよう。
「あと、茅島さんに聞きたかったことがあるんだけど。『幻想ファンタジア』やってるって言ってただろ」
「うん。いまもよく遊んでるよ。ほぼ毎日。あ、影山くんもやってるんだよね? 良かったらフレンドにならない?」
「……ああ」
何故か、覚悟を決めるような一拍を置いて、影山くんは頷いた。
「引かないでほしいんだけど、私、実はネナベ……男性アバター使って男性になりきってるんだ」
照れ笑いを浮かべて頭を掻く。
「……。俺も、ネカマやってる」
影山くんは小声で言った。
「え、そうなの!? 意外! なんていうキャラ名? 私はリツキっていうんだけど」
私がそう言うと、影山くんは虫歯の痛みでも堪えているような、なんとも複雑な顔をした。
「……やっぱり……」
「やっぱり?」
「クラスメイトのためにピアノを弾くって聞いたとき、まさかとは思ったんだ。カフェでバイト始めたって聞いたあたりから、ゲームにいない時間帯がシフトぴったりで、ほぼ確信に変わったんだよな……」
影山くんは俯き、何やらブツブツ呟いている。
「??」
首を傾げていると、影山くんは意を決したように顔を上げて言った。
「……俺がスピカです」
私は呆然。
影山くんは無言。
そして、しばらくの時間が流れ。
「…………嘘ぉぉぉぉぉぉ!!?」
私は絶叫した。
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