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21:「忘れない」(2)
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「おれがピアノを弾いてって言ったときもそう。一曲だけでも大変なのに、さらにサプライズで二曲も弾いてくれただろ。いくらコンサートに行けなかったからって、それまでろくに話したこともなかったクラスメイトのために三曲も練習するなんて、普通できることじゃない」
彼が言葉を紡ぐたびに、私の胸はどんどん熱を帯びていく。
私を見つめる黒い瞳から、目が離せない。
「おれの両親が離婚してるのは知ってるんだっけ」
「……うん。聞いた」
小さく頷く。
「原因な、母親の浮気。でも先に浮気してたのは父親のほうだった。長いこと家族を裏切り続けてたんだよあいつ」
影山くんの瞳が冷たくなった。
「そこからは泥沼。子どもの前で言っちゃいけないこと言い合って、物を投げ合ったりして。じいちゃんやばあちゃんからは大恋愛の末に結婚したって聞かされてたのに、末路は怒鳴り合いの離婚劇。おかげでテレビとかで『幸せな結婚』とか『永遠の愛』なんてフレーズを聞くと渇いた笑いしか出ない」
「………………」
初めて聞く影山くんの過去は重くて――重すぎて、何を言えばいいのかわからない。
口を開きかけて、閉じる。
ダメだ。
何を言っても救いはならない。
彼がいま、どんな気持ちで家族を裏切った父親と暮らしているのかなんて、とても聞けない。
だから私は、ただ黙って耳を傾けた。
「恋愛なんてする気にならなかった。景都の両親のように幸せな家庭を築いてる人がいるのも知ってるけど、やっぱり二次元のほうが楽しくて、現実の女子に興味すら持てなかったよ。でも、中二のとき、やけにおれに構ってくる女子がいたんだ。クラスでも人気の、派手めで可愛い女子だった。休憩時間、ただ黙ってゲームしてるおれに、何してるの? 面白い? って、話しかけてきた。ゲームの話なんて楽しくないはずなのに、いつも笑顔で聞いてくれた」
想像してみる。
クラスの誰とも交じることなく、教室の隅っこで黙々とゲームしている影山くんに、突然話しかけてくる女子。
最初は影山くんも、なんだコイツ、ゲームの邪魔だと思ったかもしれない。
でもその子はお構いなしに笑顔で話しかけてくる。
その笑顔を見ているうちに、影山くんの感情も、徐々にマイナスからプラスへ転じていったのではないだろうか。
「そのうちよく喋るようになって、気づいたら好きになってた。一か月くらいして、おれは彼女を屋上に呼び出して告白した。そしたら彼女は私の勝ちだって大笑いした」
――え。
『勝ち』って?
「……どういうこと?」
そんな。まさか。
最悪な予感に、声が震えた。
「まあ要するに、クラスで浮いてた根暗を落とせるかどうか、友達と賭けをしてたっていうオチ」
影山くんが一切の悲しみを見せず、ただ報告書でも読み上げるような口調で語るものだから、余計に辛かった。
――なんて酷いことをする子がいるんだろう。
怒りと悲しみで目が眩む。
光畑くんが言っていた「中学の一件で女性不信になった」って、このことか。
そりゃそうだよ。
私だってそんなことされたら、男性不信になるよ。
女子を好きになるのが怖くなって、当然だよ。
いっそ涙の一つでも見せてくれたら慰めることだってできるのに、影山くんはそれすら許してくれない。
彼が言葉を紡ぐたびに、私の胸はどんどん熱を帯びていく。
私を見つめる黒い瞳から、目が離せない。
「おれの両親が離婚してるのは知ってるんだっけ」
「……うん。聞いた」
小さく頷く。
「原因な、母親の浮気。でも先に浮気してたのは父親のほうだった。長いこと家族を裏切り続けてたんだよあいつ」
影山くんの瞳が冷たくなった。
「そこからは泥沼。子どもの前で言っちゃいけないこと言い合って、物を投げ合ったりして。じいちゃんやばあちゃんからは大恋愛の末に結婚したって聞かされてたのに、末路は怒鳴り合いの離婚劇。おかげでテレビとかで『幸せな結婚』とか『永遠の愛』なんてフレーズを聞くと渇いた笑いしか出ない」
「………………」
初めて聞く影山くんの過去は重くて――重すぎて、何を言えばいいのかわからない。
口を開きかけて、閉じる。
ダメだ。
何を言っても救いはならない。
彼がいま、どんな気持ちで家族を裏切った父親と暮らしているのかなんて、とても聞けない。
だから私は、ただ黙って耳を傾けた。
「恋愛なんてする気にならなかった。景都の両親のように幸せな家庭を築いてる人がいるのも知ってるけど、やっぱり二次元のほうが楽しくて、現実の女子に興味すら持てなかったよ。でも、中二のとき、やけにおれに構ってくる女子がいたんだ。クラスでも人気の、派手めで可愛い女子だった。休憩時間、ただ黙ってゲームしてるおれに、何してるの? 面白い? って、話しかけてきた。ゲームの話なんて楽しくないはずなのに、いつも笑顔で聞いてくれた」
想像してみる。
クラスの誰とも交じることなく、教室の隅っこで黙々とゲームしている影山くんに、突然話しかけてくる女子。
最初は影山くんも、なんだコイツ、ゲームの邪魔だと思ったかもしれない。
でもその子はお構いなしに笑顔で話しかけてくる。
その笑顔を見ているうちに、影山くんの感情も、徐々にマイナスからプラスへ転じていったのではないだろうか。
「そのうちよく喋るようになって、気づいたら好きになってた。一か月くらいして、おれは彼女を屋上に呼び出して告白した。そしたら彼女は私の勝ちだって大笑いした」
――え。
『勝ち』って?
「……どういうこと?」
そんな。まさか。
最悪な予感に、声が震えた。
「まあ要するに、クラスで浮いてた根暗を落とせるかどうか、友達と賭けをしてたっていうオチ」
影山くんが一切の悲しみを見せず、ただ報告書でも読み上げるような口調で語るものだから、余計に辛かった。
――なんて酷いことをする子がいるんだろう。
怒りと悲しみで目が眩む。
光畑くんが言っていた「中学の一件で女性不信になった」って、このことか。
そりゃそうだよ。
私だってそんなことされたら、男性不信になるよ。
女子を好きになるのが怖くなって、当然だよ。
いっそ涙の一つでも見せてくれたら慰めることだってできるのに、影山くんはそれすら許してくれない。
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