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20:「忘れない」(1)
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ふー今日もよく働いたわー。
夏の夕方は18時を過ぎてもまだ明るい。
バイトを終えた私は帽子を被り、自転車置き場に向かった。
エアコンの利いた涼しい店内にいた身としては、外の蒸し暑さが堪える。
暑さに辟易しつつ前かごに鞄を入れ、自転車を押して通りへ出る。
普段ならここから自転車に乗って走り出すところだけれど、私はきょとんとして足を止めた。
「影山くん?」
通りの端っこに、私と同じ時間に退勤したはずの影山くんが立っていた。
服装は制服から私服へと変わり、黒のボーダーのシャツにジーパン。
茶色のワンショルダーバッグを左肩にかけている。
「どうしたの?」
おかしいな。
「お疲れ様でした」って挨拶したら、彼はいつもさっさと帰っちゃうのに。
「……その。一緒に帰らないかな、と」
彼は気まずそうに目を泳がせてから、小声で言った。
「えっ」
どうしたの何があったの、雨でも降るの、他人に興味ない影山くんが、いや最近はちょっとずつ喋ってくれるようになってきたけどまさか一緒に帰ろうだなんて――一瞬にして色んな思いが脳内を駆け巡る。
でも、不安げな影山くんを見ていると余計な思考など吹き飛んだ。
私が動揺してどうする!
勇気を出して誘ってくれただろうに、断って恥をかかせるなんて言語道断!
クラスメイトとしてもバイト仲間としても、仲良くなる貴重なチャンスを棒に振るなんてありえない!
「うん、もちろん! でも、家の方向一緒かな?」
自転車を押しながら早足で近づく。
「国道を走る茅島さんを見かけたことがあるから、途中までは一緒だと思う」
住所を聞くと、確かに途中までは一緒だ。
「じゃあ行こう」
影山くんと並んで歩き出したものの、しばらく沈黙が落ちた。
……さて、お誘い頂けたのは嬉しいんですが、何を話せばいいのやら。
世間話をするくらいの間柄にはなったけれど、それほど親しいわけでもないし。
ちらりと横目で影山くんを見ると、彼は視線に気づいて私を見た。
「……ああ。なんか喋るものか、こういうときは。おれから誘っといて、気が利かなくてごめん」
影山くんは小さく頭を下げた。
「ううん。何か私に用事でもあったのかなって思ったから」
両手ともに自転車のハンドルを持っているから、右手の指先だけを上下に振る。
彼は本当に真面目な性格をしていると思う。
「いや、特に用事っていう用事はないんだ。この一週間、働く茅島さんを見てて興味を持った。仕事中に話すわけにはいかないから、外で話したいと思って」
おや、これは予想外な返事が返ってきたぞ。
「私のどこに興味を持ってくれたの?」
飛んできた小さな虫を片手で払いながら尋ねる。
夏は虫が多くて地味に嫌だ。
「一生懸命なところ。わからないことはすぐ質問して、メモ取って、失敗は繰り返さないようにしてるだろ。たった二週間で常連客の好みを把握してるし、目が回るほど忙しいときも笑顔で、お客さんには疲れた顔を見せない。ピークが過ぎた後は死んでるけど、その裏側は絶対見せないんだ。茅島さんのそういうとこ、凄いなって、尊敬する。店で子どもがオレンジジュースが入ったグラスを割って泣きそうになってたときも、大丈夫大丈夫ってしゃがんで頭を撫でて、笑顔にしてたじゃん。いい人だなって思った」
影山くんは真摯にそう言った。
大げさに褒め称えるわけでもない、一定のトーンで紡がれる言葉は、だからこそ強く胸に響く。
夏の夕方は18時を過ぎてもまだ明るい。
バイトを終えた私は帽子を被り、自転車置き場に向かった。
エアコンの利いた涼しい店内にいた身としては、外の蒸し暑さが堪える。
暑さに辟易しつつ前かごに鞄を入れ、自転車を押して通りへ出る。
普段ならここから自転車に乗って走り出すところだけれど、私はきょとんとして足を止めた。
「影山くん?」
通りの端っこに、私と同じ時間に退勤したはずの影山くんが立っていた。
服装は制服から私服へと変わり、黒のボーダーのシャツにジーパン。
茶色のワンショルダーバッグを左肩にかけている。
「どうしたの?」
おかしいな。
「お疲れ様でした」って挨拶したら、彼はいつもさっさと帰っちゃうのに。
「……その。一緒に帰らないかな、と」
彼は気まずそうに目を泳がせてから、小声で言った。
「えっ」
どうしたの何があったの、雨でも降るの、他人に興味ない影山くんが、いや最近はちょっとずつ喋ってくれるようになってきたけどまさか一緒に帰ろうだなんて――一瞬にして色んな思いが脳内を駆け巡る。
でも、不安げな影山くんを見ていると余計な思考など吹き飛んだ。
私が動揺してどうする!
勇気を出して誘ってくれただろうに、断って恥をかかせるなんて言語道断!
クラスメイトとしてもバイト仲間としても、仲良くなる貴重なチャンスを棒に振るなんてありえない!
「うん、もちろん! でも、家の方向一緒かな?」
自転車を押しながら早足で近づく。
「国道を走る茅島さんを見かけたことがあるから、途中までは一緒だと思う」
住所を聞くと、確かに途中までは一緒だ。
「じゃあ行こう」
影山くんと並んで歩き出したものの、しばらく沈黙が落ちた。
……さて、お誘い頂けたのは嬉しいんですが、何を話せばいいのやら。
世間話をするくらいの間柄にはなったけれど、それほど親しいわけでもないし。
ちらりと横目で影山くんを見ると、彼は視線に気づいて私を見た。
「……ああ。なんか喋るものか、こういうときは。おれから誘っといて、気が利かなくてごめん」
影山くんは小さく頭を下げた。
「ううん。何か私に用事でもあったのかなって思ったから」
両手ともに自転車のハンドルを持っているから、右手の指先だけを上下に振る。
彼は本当に真面目な性格をしていると思う。
「いや、特に用事っていう用事はないんだ。この一週間、働く茅島さんを見てて興味を持った。仕事中に話すわけにはいかないから、外で話したいと思って」
おや、これは予想外な返事が返ってきたぞ。
「私のどこに興味を持ってくれたの?」
飛んできた小さな虫を片手で払いながら尋ねる。
夏は虫が多くて地味に嫌だ。
「一生懸命なところ。わからないことはすぐ質問して、メモ取って、失敗は繰り返さないようにしてるだろ。たった二週間で常連客の好みを把握してるし、目が回るほど忙しいときも笑顔で、お客さんには疲れた顔を見せない。ピークが過ぎた後は死んでるけど、その裏側は絶対見せないんだ。茅島さんのそういうとこ、凄いなって、尊敬する。店で子どもがオレンジジュースが入ったグラスを割って泣きそうになってたときも、大丈夫大丈夫ってしゃがんで頭を撫でて、笑顔にしてたじゃん。いい人だなって思った」
影山くんは真摯にそう言った。
大げさに褒め称えるわけでもない、一定のトーンで紡がれる言葉は、だからこそ強く胸に響く。
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