私のピアノは君を呼ぶ

星名柚花(恋愛小説大賞参加中)

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18:カフェ『陽だまり』にて(2)

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「いえ、暇なので。働きます。影山くんも働いてますし」
 カレーを煮込んでいる店長の傍で、物凄い勢いでサンドイッチ用らしき野菜を切っているのは影山くんだ。

 彼もまた私に遅れること一週間、『陽だまり』でバイトを始めた。

 店長から「新人さんです。よろしくね」と紹介されたときは心底びっくりした。
 不愛想な彼はどう考えても接客向きじゃないし、大丈夫だろうか……などという心配はすぐに露と消えた。

 彼はホールスタッフとしては落第でも、キッチンスタッフとしては最高で、素晴らしく料理上手だった。
 いまも全自動野菜切りマシーンもかくやという動きで野菜を切っている。

 バイト面接のとき、試しに店長がキャベツの千切りを任せてみたところ、あっという間に処理してみせたそうだ。

 なんでも彼は小学生の頃に両親が離婚していて、いない母親と仕事で忙しい父親の代わりに家事は自分でやっていたらしい。

 光畑くんは「ゲームしか取り柄がない」なんて言ってたけど、とんでもない特技を隠し持っていた。

「頑張ってるね」
 近づいて声をかけると、影山くんは手を止め、静かな目で私を見た。

「今日のランチのCセットのメインはサンドイッチだからな。いまのうちに切っとかないと戦争になる。何事も準備は大事だ。オルバⅣのチャプタ7でも開始と同時にいきなりアニラが発狂して戦闘になったけど、事前に光魔法をストックしてたおかげで勝てた」
「ちょっと何言ってるかわからないけど、うん。準備は大事だよね」
 慣れたことなので笑顔でスルーし、ダスターを持ってホール内のテーブルを拭いていく。

『陽だまり』は全席禁煙で、テーブル席とカウンター席合わせて40席ほど。
 窓を大きく取っているため、店内はとても明るい。
 椅子やテーブルは木製。
 木製の椅子の座面には柔らかいクッションが敷かれていて、壁際にはソファ席もある。

 トイレは清潔を保つため、一時間に一度スタッフがチェックするようにしている。
 私の提案でトイレに爽やかなフルーツの香りがする芳香を置くようになったんだけど、一人の女性客がアンケート用紙にそれを書いてくれて、とても嬉しかった。

 ダスターを片付けて、カウンター周りの備品を補充し、綺麗に整頓する。
 その間に45分になったらしく、ランチタイム限定で働いているアルバイトの女性スタッフ、伊藤さんがホールに出てきた。

 大学生の伊藤さんは、背の高いモデル風の美女。
 伊藤さんに挨拶してからカウンターに戻り、今日のメニューをチェックして、表に出す店の看板にカラフルなチョークで今日のメニューを書き込む。

 Aセットはカレー、Bセットはナポリタン、Cセットはサンドイッチ。
 店長は丸っこい私の字が気に入ったみたいで、働き出してからは私が店の看板を書くようになった。

 空いたスペースもイラストか文字でなるべく埋めて欲しいと言われている。
 今日は何を描こうかな。
 そうだな、暑いし、夏の定番の向日葵にしよう。
 黄色とオレンジと緑のチョークを駆使して二本の向日葵を描いた私は、グラスを磨いている店長の元へ行った。

「店長、看板チェックお願いします」
「うん、いいね。駆、モップ掛け終わった?」
「おう、ばっちり」
 駆先輩が伊藤さんと一緒にカウンターの中に入ってきた。

「開店まであと10分もあるね。いやー優秀なスタッフが二人も入ってくれておじさん嬉しいよ」
「夏休み限定ですけど」
 影山くんは切った野菜を業務用の大型冷蔵庫に入れて、淡々と言った。
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