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44:怒り

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 私は漣里くんをその場に残し、いったん自分の教室へと戻った。
 幸い、小金井くんはまだ教室にいたため、私は彼を連れて再び一年棟の屋上へと向かった。

「わざわざこんなところへ呼び出して、何かと思えばそんなことか。話したいなら話せばいいだろう」
 私たちが事情を話すと、小金井くんは腕組みし、小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
 なんでこの人、こんなに偉そうなんだろう。

「いいのか?」
 漣里くんは無表情で言った。

「そう言ったはずだが聞こえなかったのか? むしろ今までが異常だったんだ。いくら僕が頼んだとはいえ、本当に黙秘を貫くとは思わなかったよ。全く、馬鹿としか言いようがないね。万引きの常習犯だの不良グループを潰しただの、あることないこと言われて悔しくなかったのか? 君にプライドってものはないのか?」
 人を舐め切った目つきで放たれたこの発言には、漣里くんの隣で黙って聞いていた私のほうが怒った。

「それでも漣里くんが黙ってたのは、小金井くんのためでしょう!?」
「はっ。押しつけがましいな。そもそも僕はあのとき、君に助けてくれなんて一言も言ってないはずだが?」
 小金井くんは睨んでいる私から目を逸らし、漣里くんを見た。

「確かに、助けてくれとは言われてないな」
「そうとも」
 静かに肯定した漣里くんに、満足げに頷く小金井くん。

「頼んでもないのに割り込んできて、あいつらを殴ったのは君の勝手だろう? そのせいで他人から誹謗中傷を受けようと、僕の知ったことじゃないね。完全に自業自得じゃないか」
 小金井くんが頭を振る。

「むしろ僕は被害者だ。君の短絡的行為によって、僕はいまでもあいつらにつきまとわれてるんだ。いい迷惑だよ、全く」
「……余計なお世話だったとでも言いたいの?」
 私はきつく手を握りしめた。
 怒りの炎が胸中で激しく燃え上がる。

 漣里くんは虐められていた小金井くんを庇って野田くんたちに立ち向かい、これまでも小金井くんのために黙って耐え忍んできたのに。

 よりにもよって、庇われていた張本人がそれを全否定し、あまつさえ馬鹿にするなんて許せない。

 漣里くんと知り合う前、私のクラスでも、漣里くんのことは何度か話題に上がったことがある。

 平気で人を殴る不良。女子に手を上げる男なんて最低だよね。

 女子たちがそんな話をしていると、小金井くんは「他人のゴシップに構う暇があるなら勉強したらどうだ馬鹿ども」と、実に辛辣な口調ではあるけれども、遠回しに漣里くんを庇うような発言をしていた。

 だから、真実を知ったいま、小金井くんは漣里くんに感謝していたのかな、なんて思ってたけど、違ったの?

 あの発言には意味なんてなくて、ただうるさい女子たちの口を封じられればそれで良かったの?

「ああそうだよ。全て君が勝手にやったことだ」
「ふざけないで! 漣里くんはあなたを助けるために――」
 怒りのまま詰め寄ろうとしたら、漣里くんに腕を掴まれた。

「もういいよ真白。ばらしていいっていう確認は取れたんだから、それでいい」
「でも!」
「言い争いに来たわけじゃないだろ。あいつの言う通り、あのとき割って入ったのは俺の意思だから。俺の行為が元で野田たちに恨まれて、つきまとわれて困ってるなら、逆恨みされても仕方ない」
「…………」
 到底納得いかずに、唇を噛む。

「話はそれだけか? くだらないことで僕を煩わせないでくれ。君たちみたいな頭の悪い暇人とは違って、忙しいんだよこっちは」
 小金井くんはそう言うなり、さっさと屋上を出ようとした。
 私の隣を通り過ぎた彼の背中に向かって、声をかける。

 怒りを消した、落ち着いた声で。

「ねえ、小金井くん」
「なんだ。まだ何か――」
 面倒くさそうな顔で振り返った彼の瞳を、私はひたと見据えた。
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