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14:ドキドキドキドキ

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「ご――」
 目的地点まであと三歩という距離で、私は微笑を浮かべ――かけて、大きくつんのめった。
 漣里くんが驚きに目を見開いている。
 どうやら、地面のくぼみに右足のサンダルの踵が取られたらしい。

 ちょっと待ってぇぇぇ!?
 心の中で盛大な悲鳴をあげる。
 身体が傾くのをどうしようもできず、私はギュッと目をつむった。

 すると、漣里くんは私をすくい上げるように抱き抱え、引っ張り上げてくれた。

 彼の肩に私の額がぶつかって止まる。

「…………」
 目を開けると、私はベンチに上半身から倒れ込むような格好で、漣里くんに抱きしめられていた。
 ほんの数秒に満たない時間に起きた出来事に、心臓が跳ね回っている。

 耳のすぐ傍で漣里くんの息遣いを感じる。
 お互いの体温を感じる密着状態に、何も言えない。

 ただ顔の温度だけが急上昇していく。

「……す、すすすすすすすみませんでしたっ!!」
 身体を引き剥がして、漣里くんの腕から抜け出し、軍人さんみたいにピシッとまっすぐに立つ。

 恥ずかしさと罪悪感で頭の中はぐちゃぐちゃだ。
 顔は火照ったように熱い。

 私と同じように、漣里くんの顔も真っ赤だった。
 目が気まずそうに横を向いている。
 彼が照れているのかわかって、私の頭はもうオーバーヒート寸前。

「ああっ!」
 そこで私は、漣里くんのスマホが地面に転がっている事実に気づいて悲鳴をあげた。

 私を助けるために、とっさに手放したのだろう。
 壊れたかもしれない。
 半泣き状態で拾い上げて確認する。

 画面にひびは入っていなかったけど、縁にはたくさん細かい傷ができてしまっていた。

「ごめっ、本当にごめんなさい! スマホ、買ったばっかりって言ってたよね!? 壊れてたら弁償する! 絶対払うから!!」
 スマホの修理代って、いくらするんだろう。
 絶対私のお小遣いじゃ足りないよね。
 お母さんたちに土下座するしかない。

「もういいから。落ち着け。それより、怪我は?」
 漣里くんの頬はほんのりと赤い。

「怪我ですか!? おかげさまで、この通り、全然! 全く! 平気です!」
 激しく両手を振って元気アピールをする。
 彼が完璧にフォローしてくれたおかげで、かすり傷一つない。

「それは何より……」
 漣里くんは片手で顔を覆って俯き、ため息をついた。

「先輩はほんと、危なっかしくて放っとけない。振り回されるこっちの身にもなってくれ」
「す、すみません……」
 私はますます小さくなった。

「……もういいよ。行こう」
 漣里くんは気を取り直したように立ち上がり、駅へ向かった。

「あ、あの、スマホですが」
 私は後を追いかけつつ、恐る恐る、手に持ったままの漣里くんのスマホを差し出した。

「ああ」
 漣里くんは私の手からスマホを取り上げて、ロックを解除した。
 表示された待ち受け画面はカメラ目線のジャンガリアンハムスターだった。

 多分、漣里くんが飼っているハムスターの『もちまる』だろう。

「普通に動くから大丈夫」
 少し操作してから、漣里くんはスマホをポケットに入れた。

「良かった。本当にごめんね。新品のスマホなのに……」
「もういいって言っただろ。それとも何。スマホを守ってベンチに顔面衝突したほうが良かった?」
「い、いえ、それはその……」
「だったら素直に感謝しとけばいいんだよ」
「……うん。ありがとう。本当に……いつも、私を助けてくれてありがとう」
「どういたしまして」
 そう言った漣里くんの顔は、まだほんの少しだけ赤かった。
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