90 / 107
90:イメチェンです!(5)
しおりを挟む
「……はい」
総司という名の鉄壁のガードの前に敗北し、菜乃花は膝を伸ばして立ち、有紗の隣に座った。
「ブラコンの兄がいると恋をするのも大変ね」
空になった自分のティーカップに紅茶を注いでいると、有紗が笑った。
説得には少々骨を折ったが、最終的に菜乃花の提案は受け入れられ、総司は寮で猫を被るのを止めた。
彼の一人称は「おれ」になったし、ブラコンであることを隠そうともしない。
有紗は最初こそ戸惑っていたが、数日も経てば慣れてきたらしく、多少のことでは動じなくなった。
「そうだね。でも、いまの先輩のほうが話してて楽しいし、ブラコンだから助かることもあるよ。千影くんの写真とかいっぱい譲ってもらったし、思い出話も聞かせてくれる。先輩の記憶力って凄いんだよ。そのとき千影くんがどんなことをして何を喋ってたのか、いちいち覚えてるんだから」
しばらく有紗と談笑し、夏休みの予定などを話し合っていると――
「……イメチェンなんてしたら、また女子に『調子乗ってる』とか『何あれ格好良くなったつもり?』『誰もお前のことなんて見てねーっつーの。自意識過剰野郎』とか言われるんじゃないかと思ったけど、園田さんたちの反応を見る限り大丈夫かな」
兄が淹れた紅茶を飲んで、千影がぼそっと呟いた。
「ちょっと待って千影。何それどういうこと? 誰がそんなこと言ったの?」
「え?」
本人としては何の気なしの呟きだったのだろう、千影は追及されて驚いたように総司を見て――今度こそぎょっとして目を剥いた。
総司は笑顔で怒り狂っていた。
凄まじい怒りのオーラが全身から立ち上っている。
菜乃花たちも談笑を止めた。
この空気の中では、止めざるを得なかった。
「言ったの誰?」
「……。……。いや……あの……誰? かな?」
犯人の名を挙げればまずいと思ったのだろう、千影は冷や汗を流した。
「怒らないから言ってごらん?」
にっこり笑って、総司が千影の手を掴む。
「……参考までに聞きたいんだけど、言ったらどうするつもりなんだ?」
千影の顎を滑り落ちた汗が、ぽたりとソファに落ちる。
「もちろん駆除するよ。耳障りな雑音を振りまく害虫は可及的速やかにいなくなってもらわないとね。で、誰?」
(め、目が据わってる……!!)
菜乃花はお守りのようにティーカップを両手で持ち、ガタガタ震えた。
「いや、あの、大丈夫なんで……」
総司の背後に何を見ているのか、千影は怯え切っている。
「伏見。把握してるよな?」
埒があかないと思ったのだろう、総司は弟と同じクラスの使用人に目を向けた。
「はい。G組の――」
「いいから! 本当にいいから止めて大丈夫俺何とも思ってないし何を言われても平気でいられるように強くなるから!! それに!!」
そこで、千影は決死のような表情で兄の手を掴んだ。
「お、おにーちゃんがいるから大丈夫……だ……?」
千影は大量の汗を流しながら、引き攣った笑みを浮かべた。
末尾に疑問符がついているのは、果たしてこの対応で合っているのかどうかという不安からだろう。
「……そう?」
千影の一言で少しは機嫌が治ったらしく、魔王の気配が消えた。
「千影がそこまで言うなら、今回だけは見逃してあげようか。でももしまた何かあったらちゃんとおにーちゃんに言うんだよ? 退学させるから」
「……うん……ありがとう……」
キラキラした笑顔で言われた千影は顔を伏せ、小さく安堵の息を吐いたのだった。
総司という名の鉄壁のガードの前に敗北し、菜乃花は膝を伸ばして立ち、有紗の隣に座った。
「ブラコンの兄がいると恋をするのも大変ね」
空になった自分のティーカップに紅茶を注いでいると、有紗が笑った。
説得には少々骨を折ったが、最終的に菜乃花の提案は受け入れられ、総司は寮で猫を被るのを止めた。
彼の一人称は「おれ」になったし、ブラコンであることを隠そうともしない。
有紗は最初こそ戸惑っていたが、数日も経てば慣れてきたらしく、多少のことでは動じなくなった。
「そうだね。でも、いまの先輩のほうが話してて楽しいし、ブラコンだから助かることもあるよ。千影くんの写真とかいっぱい譲ってもらったし、思い出話も聞かせてくれる。先輩の記憶力って凄いんだよ。そのとき千影くんがどんなことをして何を喋ってたのか、いちいち覚えてるんだから」
しばらく有紗と談笑し、夏休みの予定などを話し合っていると――
「……イメチェンなんてしたら、また女子に『調子乗ってる』とか『何あれ格好良くなったつもり?』『誰もお前のことなんて見てねーっつーの。自意識過剰野郎』とか言われるんじゃないかと思ったけど、園田さんたちの反応を見る限り大丈夫かな」
兄が淹れた紅茶を飲んで、千影がぼそっと呟いた。
「ちょっと待って千影。何それどういうこと? 誰がそんなこと言ったの?」
「え?」
本人としては何の気なしの呟きだったのだろう、千影は追及されて驚いたように総司を見て――今度こそぎょっとして目を剥いた。
総司は笑顔で怒り狂っていた。
凄まじい怒りのオーラが全身から立ち上っている。
菜乃花たちも談笑を止めた。
この空気の中では、止めざるを得なかった。
「言ったの誰?」
「……。……。いや……あの……誰? かな?」
犯人の名を挙げればまずいと思ったのだろう、千影は冷や汗を流した。
「怒らないから言ってごらん?」
にっこり笑って、総司が千影の手を掴む。
「……参考までに聞きたいんだけど、言ったらどうするつもりなんだ?」
千影の顎を滑り落ちた汗が、ぽたりとソファに落ちる。
「もちろん駆除するよ。耳障りな雑音を振りまく害虫は可及的速やかにいなくなってもらわないとね。で、誰?」
(め、目が据わってる……!!)
菜乃花はお守りのようにティーカップを両手で持ち、ガタガタ震えた。
「いや、あの、大丈夫なんで……」
総司の背後に何を見ているのか、千影は怯え切っている。
「伏見。把握してるよな?」
埒があかないと思ったのだろう、総司は弟と同じクラスの使用人に目を向けた。
「はい。G組の――」
「いいから! 本当にいいから止めて大丈夫俺何とも思ってないし何を言われても平気でいられるように強くなるから!! それに!!」
そこで、千影は決死のような表情で兄の手を掴んだ。
「お、おにーちゃんがいるから大丈夫……だ……?」
千影は大量の汗を流しながら、引き攣った笑みを浮かべた。
末尾に疑問符がついているのは、果たしてこの対応で合っているのかどうかという不安からだろう。
「……そう?」
千影の一言で少しは機嫌が治ったらしく、魔王の気配が消えた。
「千影がそこまで言うなら、今回だけは見逃してあげようか。でももしまた何かあったらちゃんとおにーちゃんに言うんだよ? 退学させるから」
「……うん……ありがとう……」
キラキラした笑顔で言われた千影は顔を伏せ、小さく安堵の息を吐いたのだった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
【完結】碧よりも蒼く
多田莉都
青春
中学二年のときに、陸上競技の男子100m走で全国制覇を成し遂げたことのある深田碧斗は、高校になってからは何の実績もなかった。実績どころか、陸上部にすら所属していなかった。碧斗が走ることを辞めてしまったのにはある理由があった。
それは中学三年の大会で出会ったある才能の前に、碧斗は走ることを諦めてしまったからだった。中学を卒業し、祖父母の住む他県の高校を受験し、故郷の富山を離れた碧斗は無気力な日々を過ごす。
ある日、地元で深田碧斗が陸上の大会に出ていたということを知り、「何のことだ」と陸上雑誌を調べたところ、ある高校の深田碧斗が富山の大会に出場していた記録をみつけだした。
これは一体、どういうことなんだ? 碧斗は一路、富山へと帰り、事実を確かめることにした。
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
朝起きたらイケメンだったはずの俺がブサイクになっていた
綾瀬川
青春
俺は西園寺隼人。15歳で明日から高校生になる予定だ。
俺は、イケメンでお金持ち、男女問わず友達もたくさん、高校生で美人な彼女までいた。
いたというのが過去形なのは、今日起きたら貧乏な家でブサイクになっていたからだ。
ーーなんだ。この体……!?
だらしなく腹が出ていて汚いトランクス履いている。
パジャマは身につけていないのか!?
昨晩シルクのパジャマを身に纏って寝たはずなのに……。
しかも全身毛むくじゃらである。
これは俺なのか?
どうか悪い夢であってくれ。
枕元のスマホを手に取り、
インカメで自分の顔を確認してみる。
それが、新しい俺との出会いの始まりだった。
「……は?」
スマホを見ると、超絶不細工な男がこちらを見ている。
これは俺なのか?夢なのか?
漫画でお馴染みの自分の頬を思い切りつねってみる。
「痛っっっ!!!」
痛みはばっちり感じた。
どうやらいまのところ夢ではなさそうだ。
そうして、俺は重い体をフラフラさせながら、一歩を踏み出して行った。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。
遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。
彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。
……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。
でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!?
もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー!
ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。)
略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる