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94:月が綺麗ですね(1)

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 終業式が終わっても強制参加の補習があるため、あまり夏休みだという気分にはならない。

 八月になると補習は自由参加に変わり、ここでようやく選択肢が生まれる。

 すなわち、お盆と土日以外毎日行われている補習に参加するか、それとも家に帰って家族や友人と夏休みを謳歌するか。

 菜乃花は引き続き寮に残って補習に参加するかどうか迷ったが、両親に「夏休みくらい帰って来なさい」とせっつかれたため、八月に入ってすぐ実家に帰った。

「この戦国武将誰だったっけ?」
「細川政元?」
「それは明応の政変を起こした人でしょ? 違うわよ。すえ……なんとかじゃなかった?」
「なんとかって何?」
「だからそれが思い出せないんじゃないの」

 八月十二日。夜の九時半過ぎ。
 菜乃花はリビングの座椅子に座り、録画していたクイズ番組を家族と見ていた。

(千影くんはこんなふうに一家団欒することってあるのかな。実家でも千影くんを無視しないで欲しいって頼んでおいたけど、先輩は約束を守ってくれてるかな)

 テーブルの向かいで言い合う両親の声を聞き流し、物思いに耽る。
 家族と楽しく過ごしていると、頭の隅に千影の顔が思い浮かぶ。

 異常なまでに厳しい天坂家で千影が辛い思いをしていないか、寂しい思いをしていないか――そんなことばかり考えてしまう。

(いまどこで何してるんだろ。お盆は日本に帰るって言ってたけど、もう帰ってきてるのかな。それとも明日? 明後日?)

 別れて二週間も経っていないのに、会いたい気持ちは募る一方だ。

 せめてメッセージのやり取りくらいは、なんて思っても、大した用事もないのに連絡するのはどうにも気が引ける。

 恋人という肩書があれば許されたかもしれないが、菜乃花は友人止まり。それが現実だ。

 迷惑に思われたらどうしよう、そう思って結局、何のメッセージも送れずにいた。

(寮ではいつでも会えた。ほとんど毎日部屋に行って勉強を教えてきた。だからかな。会えないのが寂しい。声が聴きたい……そう思ってるのは私だけだよね。千影くんはいま何を考えてる? 遠く離れた海外にいても、少しくらいは私のこと考えてくれたりしてるかな……)
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