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78:完全無欠な兄の話(2)

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「もし赤点回避できてたら、何かお礼しないといけないな」
「いやいや、お礼なんて。0号館に住ませてもらってるだけで十分だよ」
 菜乃花は頭を振った。
 頭のリボンが、ポニーテイルが背後で揺れる。

「それは兄貴がしてくれてることであって、俺の力じゃないだろ」
「でも元はと言えば千影くんが頼んでくれたからだよ?」
「それはそうかもしれないけど、やっぱりそれとこれとは違う」
「歓迎会だって開いてくれたし、ケーキだって作ってくれたじゃない。あれで十分だよ」
「いや、毎日勉強に付き合ってくれてることを思えば、ケーキ程度じゃ釣り合わない」
 千影は頑固に主張した。

「とにかく何かお礼がしたいんだ。俺にしてほしいことがあれば何でも言って。……いや、付き合ってくれとかいうのは無しの方向で」
 先日の告白を思い出したのか、千影の頬が赤くなった。

(そんなこと言わないよ)
 お願いして無理に付き合ってもらったところで空しいだけだ。
 付き合うなら本気で好きになってもらいたいし、そうでなければ意味がない。

「それ以外のことなら、できる範囲で叶える」
 そう締めくくって口を閉じた千影を、菜乃花は無言で見つめた。

 顔を隠すように長い彼の前髪。
 お洒落とは程遠い、ただ実用性だけを追求したデザインの黒縁眼鏡。

(してほしいこと……)
 考えるまでもなく、菜乃花はずっと前から彼にしてほしかったことがある。

「……言質取ったからね? やっぱりあれはナシ、なんて言わせないよ?」
 机に手をついて椅子を後方へ引き、身体ごと椅子の向きを変える。
 向き直った拍子に、剥き出しの膝が彼の足に触れた。

「……そんな真顔で言われると何を要求されるのかちょっと怖いけど。約束する」
 ズボン越しに膝が触れているせいか、それとも菜乃花の脅しめいた発言のせいか、千影は一瞬たじろぐような顔を見せたものの、頷いた。

「やった」
 菜乃花はにんまり笑った。

「……そろそろ兄貴も帰ってきてるんじゃないかな。行ってみよう」
 満面の笑みを見て、よっぽどのお願いをされると思ったらしく、逃げるように千影が立ち上がった。
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