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53:お願いごと
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「頼む、兄貴。園田さんをこのまま0号館に住ませてあげてくれ」
「お願いします。私にできることがあれば何でもします」
0号館の絶対君主たる総司の部屋で、菜乃花は千影に続いて深く頭を下げた。
「……。千影がおれに頼みごとをするなんてねえ……」
パソコンの前に置かれた立派な椅子に足を組んで座り、総司は切れ長の目を細めた。
「そんなに園田さんのこと気に入ってるんだ?」
「ああ。大事な友人だと思ってる」
千影の返答には迷いがなかった。
友人の前に『大事な』という形容がついたことが嬉しくて、胸の内に小さな明かりが灯ったかのようだ。
「友人、ね。言いたいことはわかったから顔を上げなよ、二人とも」
恐る恐る顔を上げる。
ここに来るまでに菜乃花が泣いたことは顔を見た瞬間にわかっただろう。
泣き腫らした顔を見られるのは少々恥ずかしい。
それでも、総司は同情の片鱗すら見せず、報告書でも読み上げるような口調で言った。
「知ってるとは思うけど、まず前提として一般庶民に0号館に住む資格はない。ここは上流階級の子女だけが住める特別な場所で、普通なら希望を出しても審査で弾かれる。園田さんはあくまで特例だ。千影が怪我をさせてしまったから、理事長や先生方に頼み込んで、期間限定という条件付きで特別に許可を得たんだよ。4号館に戻りたくないのは園田さんの個人的な理由だろ? おれに面倒を見る義理はない」
返す言葉がなかった。
普段は総司をからかって楽しんでいる要も、いまばかりは壁際に控えて何も言わない。
従者としての立場をわきまえ、ただの置物としてそこにいる。
「なんでもするっていうけどさ。君にできることは誰にだってできるんだよ。おれにとって君は必要ない。なるほど君は千影の友人なのかもしれない。でも、だから何? 君を住まわせることでおれに何のメリットがある?」
総司は笑っても怒ってもいない。
ただひたすら静かな目が、平坦な口調が、容赦なく菜乃花を追い詰める。
「有用性を示してみせてよ。それが無理なら却下。話は終わりだ」
興味を失くした玩具を放るように、総司が手を振る。
菜乃花は何も言えず、ただ立ち尽くした。
雨の音が、空しく部屋に響いている。
(……やっぱりダメだよね。そりゃそうだよね……)
唇を噛んで俯く。
なんでもするとまで言っても必要ないと切り捨てられたのだから、これ以上は時間の無駄だ。
交渉の余地などない。
菜乃花には4号館に戻る未来しかありえない。
結局、ここまで来ても、それを痛感させられただけだった。
「お願いします。私にできることがあれば何でもします」
0号館の絶対君主たる総司の部屋で、菜乃花は千影に続いて深く頭を下げた。
「……。千影がおれに頼みごとをするなんてねえ……」
パソコンの前に置かれた立派な椅子に足を組んで座り、総司は切れ長の目を細めた。
「そんなに園田さんのこと気に入ってるんだ?」
「ああ。大事な友人だと思ってる」
千影の返答には迷いがなかった。
友人の前に『大事な』という形容がついたことが嬉しくて、胸の内に小さな明かりが灯ったかのようだ。
「友人、ね。言いたいことはわかったから顔を上げなよ、二人とも」
恐る恐る顔を上げる。
ここに来るまでに菜乃花が泣いたことは顔を見た瞬間にわかっただろう。
泣き腫らした顔を見られるのは少々恥ずかしい。
それでも、総司は同情の片鱗すら見せず、報告書でも読み上げるような口調で言った。
「知ってるとは思うけど、まず前提として一般庶民に0号館に住む資格はない。ここは上流階級の子女だけが住める特別な場所で、普通なら希望を出しても審査で弾かれる。園田さんはあくまで特例だ。千影が怪我をさせてしまったから、理事長や先生方に頼み込んで、期間限定という条件付きで特別に許可を得たんだよ。4号館に戻りたくないのは園田さんの個人的な理由だろ? おれに面倒を見る義理はない」
返す言葉がなかった。
普段は総司をからかって楽しんでいる要も、いまばかりは壁際に控えて何も言わない。
従者としての立場をわきまえ、ただの置物としてそこにいる。
「なんでもするっていうけどさ。君にできることは誰にだってできるんだよ。おれにとって君は必要ない。なるほど君は千影の友人なのかもしれない。でも、だから何? 君を住まわせることでおれに何のメリットがある?」
総司は笑っても怒ってもいない。
ただひたすら静かな目が、平坦な口調が、容赦なく菜乃花を追い詰める。
「有用性を示してみせてよ。それが無理なら却下。話は終わりだ」
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唇を噛んで俯く。
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交渉の余地などない。
菜乃花には4号館に戻る未来しかありえない。
結局、ここまで来ても、それを痛感させられただけだった。
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