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32:君に内緒話をひとつ(1)

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「――全くもう! 悪いことは言わないから、園田さんとはこれ以上付き合わないほうがいいよ! 天坂くんの品位まで疑われかねない!」
「ごめん。本当にごめん、琴原さん」
 何の罪もない千影が平謝りしている。
 ここで口を挟めば彼の努力が無になってしまうため、菜乃花は彼の隣で黙し、ひたすら反省している態度を貫いた。

「ええ、今回は天坂くんに免じて許してあげる! 今回だけだからね! 次は遠慮なく先生に訴えるから! 二度と近づいて来ないで!」
 手櫛でいくらか整えたとはいえ、まだ乱れたままの長い髪を翻し、音羽は階段を上っていった。

「………………」
 彼女が階段を上り切り、一階の廊下からは完全に見えなくなったところで、千影は息を吐いた。

 疲れと安堵が入り混じったようなため息に、菜乃花はびくりと肩を揺らした。

「……園田さん」
「はい。すみませんでした。ついカッとなってしまい、ご迷惑をお掛けしてしまいました」
 身体を小さくして、深く頭を下げる。

 あれから十分後。
 昼食の後片付けを終えて教室に戻ろうとしていた千影は、上履きのまま外に出て激しく言い合う菜乃花たちの姿を見て、慌てて仲裁に入ってきた。

 当然のことだが、音羽は菜乃花の暴挙に怒り狂った。
 先生に暴行されたって訴えてやる、注意で済めば良いが下手をしたら停学、そうなれば特待生資格は取り消しだ、さあどうする――とまで言われたら、さすがに謝らないわけにはいかず、不本意ながら菜乃花は謝った。

 千影が一緒に謝ってくれたおかげで音羽は怒りを鎮め、去った。
 なんとか無事に一件落着、というわけだが――

(私の馬鹿私のアホ単細胞……)
 自己嫌悪の感情に押し潰されそうになりながら、菜乃花はひたすら己を罵った。
 千影が元カノに謝る羽目になったのは菜乃花のせいだ。

 千影は音羽と顔を合わせたくもなかったはずなのに、一時の激情に負けて、とんでもない迷惑をかけてしまった。

「……なんであんなことしたんだ?」
 陽の光が差し込む廊下で、千影が静かに尋ねてきた。

「それは……」
 返答に窮し、顔を上げることもできない。

「……俺と琴原さんが以前付き合ってて、琴原さんが兄貴を好きになった。それを聞いて怒った?」
「……そう」
「なんで園田さんが怒るんだ……友達想いが過ぎるだろ」
 千影の声には呆れているような、苦笑しているような、複雑な感情が籠っている。

(だから、ただの友達だったらここまで怒らないんですってば)
 音羽は「いくら天坂くんのことを好きだからってやりすぎでしょう!」と、千影の前できっぱりはっきり暴露してくれたのだが、千影は「だから俺たちは友達なんだって」と、全く気に留めなかった。

 ひたすら怒っていた音羽も、あのときばかりは呆れ、菜乃花に同情の一瞥を投げてきた。
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