32 / 107
32:君に内緒話をひとつ(1)
しおりを挟む
「――全くもう! 悪いことは言わないから、園田さんとはこれ以上付き合わないほうがいいよ! 天坂くんの品位まで疑われかねない!」
「ごめん。本当にごめん、琴原さん」
何の罪もない千影が平謝りしている。
ここで口を挟めば彼の努力が無になってしまうため、菜乃花は彼の隣で黙し、ひたすら反省している態度を貫いた。
「ええ、今回は天坂くんに免じて許してあげる! 今回だけだからね! 次は遠慮なく先生に訴えるから! 二度と近づいて来ないで!」
手櫛でいくらか整えたとはいえ、まだ乱れたままの長い髪を翻し、音羽は階段を上っていった。
「………………」
彼女が階段を上り切り、一階の廊下からは完全に見えなくなったところで、千影は息を吐いた。
疲れと安堵が入り混じったようなため息に、菜乃花はびくりと肩を揺らした。
「……園田さん」
「はい。すみませんでした。ついカッとなってしまい、ご迷惑をお掛けしてしまいました」
身体を小さくして、深く頭を下げる。
あれから十分後。
昼食の後片付けを終えて教室に戻ろうとしていた千影は、上履きのまま外に出て激しく言い合う菜乃花たちの姿を見て、慌てて仲裁に入ってきた。
当然のことだが、音羽は菜乃花の暴挙に怒り狂った。
先生に暴行されたって訴えてやる、注意で済めば良いが下手をしたら停学、そうなれば特待生資格は取り消しだ、さあどうする――とまで言われたら、さすがに謝らないわけにはいかず、不本意ながら菜乃花は謝った。
千影が一緒に謝ってくれたおかげで音羽は怒りを鎮め、去った。
なんとか無事に一件落着、というわけだが――
(私の馬鹿私のアホ単細胞……)
自己嫌悪の感情に押し潰されそうになりながら、菜乃花はひたすら己を罵った。
千影が元カノに謝る羽目になったのは菜乃花のせいだ。
千影は音羽と顔を合わせたくもなかったはずなのに、一時の激情に負けて、とんでもない迷惑をかけてしまった。
「……なんであんなことしたんだ?」
陽の光が差し込む廊下で、千影が静かに尋ねてきた。
「それは……」
返答に窮し、顔を上げることもできない。
「……俺と琴原さんが以前付き合ってて、琴原さんが兄貴を好きになった。それを聞いて怒った?」
「……そう」
「なんで園田さんが怒るんだ……友達想いが過ぎるだろ」
千影の声には呆れているような、苦笑しているような、複雑な感情が籠っている。
(だから、ただの友達だったらここまで怒らないんですってば)
音羽は「いくら天坂くんのことを好きだからってやりすぎでしょう!」と、千影の前できっぱりはっきり暴露してくれたのだが、千影は「だから俺たちは友達なんだって」と、全く気に留めなかった。
ひたすら怒っていた音羽も、あのときばかりは呆れ、菜乃花に同情の一瞥を投げてきた。
「ごめん。本当にごめん、琴原さん」
何の罪もない千影が平謝りしている。
ここで口を挟めば彼の努力が無になってしまうため、菜乃花は彼の隣で黙し、ひたすら反省している態度を貫いた。
「ええ、今回は天坂くんに免じて許してあげる! 今回だけだからね! 次は遠慮なく先生に訴えるから! 二度と近づいて来ないで!」
手櫛でいくらか整えたとはいえ、まだ乱れたままの長い髪を翻し、音羽は階段を上っていった。
「………………」
彼女が階段を上り切り、一階の廊下からは完全に見えなくなったところで、千影は息を吐いた。
疲れと安堵が入り混じったようなため息に、菜乃花はびくりと肩を揺らした。
「……園田さん」
「はい。すみませんでした。ついカッとなってしまい、ご迷惑をお掛けしてしまいました」
身体を小さくして、深く頭を下げる。
あれから十分後。
昼食の後片付けを終えて教室に戻ろうとしていた千影は、上履きのまま外に出て激しく言い合う菜乃花たちの姿を見て、慌てて仲裁に入ってきた。
当然のことだが、音羽は菜乃花の暴挙に怒り狂った。
先生に暴行されたって訴えてやる、注意で済めば良いが下手をしたら停学、そうなれば特待生資格は取り消しだ、さあどうする――とまで言われたら、さすがに謝らないわけにはいかず、不本意ながら菜乃花は謝った。
千影が一緒に謝ってくれたおかげで音羽は怒りを鎮め、去った。
なんとか無事に一件落着、というわけだが――
(私の馬鹿私のアホ単細胞……)
自己嫌悪の感情に押し潰されそうになりながら、菜乃花はひたすら己を罵った。
千影が元カノに謝る羽目になったのは菜乃花のせいだ。
千影は音羽と顔を合わせたくもなかったはずなのに、一時の激情に負けて、とんでもない迷惑をかけてしまった。
「……なんであんなことしたんだ?」
陽の光が差し込む廊下で、千影が静かに尋ねてきた。
「それは……」
返答に窮し、顔を上げることもできない。
「……俺と琴原さんが以前付き合ってて、琴原さんが兄貴を好きになった。それを聞いて怒った?」
「……そう」
「なんで園田さんが怒るんだ……友達想いが過ぎるだろ」
千影の声には呆れているような、苦笑しているような、複雑な感情が籠っている。
(だから、ただの友達だったらここまで怒らないんですってば)
音羽は「いくら天坂くんのことを好きだからってやりすぎでしょう!」と、千影の前できっぱりはっきり暴露してくれたのだが、千影は「だから俺たちは友達なんだって」と、全く気に留めなかった。
ひたすら怒っていた音羽も、あのときばかりは呆れ、菜乃花に同情の一瞥を投げてきた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
隣の古道具屋さん
雪那 由多
ライト文芸
祖父から受け継いだ喫茶店・渡り鳥の隣には佐倉古道具店がある。
幼馴染の香月は日々古道具の修復に励み、俺、渡瀬朔夜は従妹であり、この喫茶店のオーナーでもある七緒と一緒に古くからの常連しか立ち寄らない喫茶店を切り盛りしている。
そんな隣の古道具店では時々不思議な古道具が舞い込んでくる。
修行の身の香月と共にそんな不思議を目の当たりにしながらも一つ一つ壊れた古道具を修復するように不思議と向き合う少し不思議な日常の出来事。
性別を隠して警備隊に入ったのがバレたら、女嫌いの総隊長の偽恋人になりました
無月兄
ファンタジー
国境の街、ナナレンを守る警備隊の総隊長、ヒューゴ=アスターは、貴族の跡取りにして、見目麗しい色男。
なれど筋金入りの女嫌いのため、警備隊は女人禁制の男所帯となっていた。
しかし、その隊員であるクリストファー=クロスには、ある秘密があった。
本当はクリスティーナ=クロスという女性であり、自らを男だと偽って入隊したという秘密が。
案外バレないものだと思っていたクリスだが、ふとした事からついに露見。そのままクビになり、路頭に迷うかと思いきや、なぜかヒューゴから、偽の恋人になってくれと頼まれる。
しかも恋人としてふさわしい淑女になれって、私、昨日まで男のふりしてたんですよ⁉⁉
ゲーオタだって青春したい!〜ネトゲの嫁がリアル彼氏になりました〜
星名柚花
青春
小湊楓は姉に誘われてネットゲームを始めた。
王子様キャラを演じる中で仲良くなったのは立花という可愛らしい女性。
中学三年になったある日、高校受験に専念するためネトゲ引退を伝えたら、立花は最後に会ってみたいと言ってきた。
待ち合わせ場所にいたのはまさかのイケメン。
実はお互い性別を偽っていたのだ。
驚いたものの、そのまま盛り上がる二人。
楽しい時を過ごして金輪際サヨウナラ…と思いきや、高校でまさかの再会を果たしてしてしまい?
異世界転移したので、メイドしながらご主人様(竜)をお守りします!
星名柚花
ファンタジー
平岡新菜は階段からの転落をきっかけに異世界転移してしまった。
魔物に襲われ、絶体絶命のピンチを助けてくれたのは虹色の瞳を持つ美しい青年。
彼は竜で、人に狙われないように人になりすまして生活しているらしい。
それならメイドやりつつ戦闘能力も身に着けてご主人様をお守りしようではありませんか!
そして新菜は、竜と幻獣の子どもが暮らす家でメイド生活を始めたのだった。
すこやか食堂のゆかいな人々
山いい奈
ライト文芸
貧血体質で悩まされている、常盤みのり。
母親が栄養学の本を読みながらごはんを作ってくれているのを見て、みのりも興味を持った。
心を癒し、食べるもので健康になれる様な食堂を開きたい。それがみのりの目標になっていた。
短大で栄養学を学び、専門学校でお料理を学び、体調を見ながら日本料理店でのアルバイトに励み、お料理教室で技を鍛えて来た。
そしてみのりは、両親や幼なじみ、お料理教室の先生、テナントビルのオーナーの力を借りて、すこやか食堂をオープンする。
一癖も二癖もある周りの人々やお客さまに囲まれて、みのりは奮闘する。
やがて、それはみのりの家族の問題に繋がっていく。
じんわりと、だがほっこりと心暖まる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる