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26:多大なコンプレックス(2)
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「いただきます……あれ? そのカレーパンって、水曜日限定販売のやつじゃない? 金曜日にも販売することになったの?」
氷が浮かんだ冷たい水を一口飲んでからフォークを手に持ち、いざ食べようとしたところで気づいた。
「いや、購買では売ってない。これは昼前に、クラスメイトを通じて兄貴から渡された。使用人に命じて仕入れ先のパン屋まで出来立てを買いに行かせたらしい。俺が好きなカスクートとクロワッサンのおまけつきで……兄貴って本当兄貴だよな。こんなにあっさり手に入れられたら、俺が園田さんを怪我させた意味って一体……しかも、来週からは毎日購買にこのパン屋の商品が並ぶことになったよ。十分な量を確保したから購入制限もないんだとさ」
「さすが天坂先輩。購買が取り扱う商品の内容すら変えてしまうんだね」
(おとつい、千影くんがカレーパンを食べたくて全力疾走したって話を聞いた直後にパン屋さんに赴いて交渉したんだろうなあ……本当に弟が好きなんだなあ……)
感心しながら、二階の席に総司を探す。
総司は大勢の生徒に取り囲まれて歓談している。
座っていてもなお美しく伸びた背筋、口元に浮かぶ微笑、柔らかな物腰、上品な仕草。
学校での彼は誰もが憧れる理想的で完璧な王子そのものだ。
素を知っている者は一握りだけで、自分もその一人だと思うと、少々誇らしく、嬉しかったりする。
「美味しい?」
「……美味しい。悔しいけど。カスクートもクロワッサンも、いままで食べたことがないくらい美味しかった」
眉間に皺を寄せながら、千影はカレーパンの最後の一かけらを頬張った。
「美味しいって言って食べてもらえるのが、パン屋さんも一番嬉しいと思うよ。お兄さんからの愛だと思って、素直に受け取りましょう」
冗談めかして言い、湯気が立ち上ったスープを飲んで白米を頬張る。
左手にフォークを持ってハンバーグを切り裂く。
ハンバーグに弾力があるせいか、うまく切り裂けない。
綺麗な俵型のハンバーグの端が潰れ、ぐちゃぐちゃになってしまった。
「良かったら、切ろうか?」
見かねたらしく、一足先に食事を終えた千影が言った。
「いいの? ありがとう。助かる」
「いや。俺のせいだし」
「それは言わない約束でしょ」
「うん。そう言うとは思ってたけど、話の流れで言わずにはいられなかった。貸して」
千影はハンバーグが乗っている皿を取り上げ、ナイフとフォークを使って食べやすいように切り分けてくれた。
「はい」
作業を終え、千影は皿の端にナイフとフォークを乗せてトレーに戻した。
「ありがとう」
フォークを刺して、ハンバーグを一口食べる。
氷が浮かんだ冷たい水を一口飲んでからフォークを手に持ち、いざ食べようとしたところで気づいた。
「いや、購買では売ってない。これは昼前に、クラスメイトを通じて兄貴から渡された。使用人に命じて仕入れ先のパン屋まで出来立てを買いに行かせたらしい。俺が好きなカスクートとクロワッサンのおまけつきで……兄貴って本当兄貴だよな。こんなにあっさり手に入れられたら、俺が園田さんを怪我させた意味って一体……しかも、来週からは毎日購買にこのパン屋の商品が並ぶことになったよ。十分な量を確保したから購入制限もないんだとさ」
「さすが天坂先輩。購買が取り扱う商品の内容すら変えてしまうんだね」
(おとつい、千影くんがカレーパンを食べたくて全力疾走したって話を聞いた直後にパン屋さんに赴いて交渉したんだろうなあ……本当に弟が好きなんだなあ……)
感心しながら、二階の席に総司を探す。
総司は大勢の生徒に取り囲まれて歓談している。
座っていてもなお美しく伸びた背筋、口元に浮かぶ微笑、柔らかな物腰、上品な仕草。
学校での彼は誰もが憧れる理想的で完璧な王子そのものだ。
素を知っている者は一握りだけで、自分もその一人だと思うと、少々誇らしく、嬉しかったりする。
「美味しい?」
「……美味しい。悔しいけど。カスクートもクロワッサンも、いままで食べたことがないくらい美味しかった」
眉間に皺を寄せながら、千影はカレーパンの最後の一かけらを頬張った。
「美味しいって言って食べてもらえるのが、パン屋さんも一番嬉しいと思うよ。お兄さんからの愛だと思って、素直に受け取りましょう」
冗談めかして言い、湯気が立ち上ったスープを飲んで白米を頬張る。
左手にフォークを持ってハンバーグを切り裂く。
ハンバーグに弾力があるせいか、うまく切り裂けない。
綺麗な俵型のハンバーグの端が潰れ、ぐちゃぐちゃになってしまった。
「良かったら、切ろうか?」
見かねたらしく、一足先に食事を終えた千影が言った。
「いいの? ありがとう。助かる」
「いや。俺のせいだし」
「それは言わない約束でしょ」
「うん。そう言うとは思ってたけど、話の流れで言わずにはいられなかった。貸して」
千影はハンバーグが乗っている皿を取り上げ、ナイフとフォークを使って食べやすいように切り分けてくれた。
「はい」
作業を終え、千影は皿の端にナイフとフォークを乗せてトレーに戻した。
「ありがとう」
フォークを刺して、ハンバーグを一口食べる。
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