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「むー……」
午後九時。
菜乃花は自室のベッドに身を投げ出し、天井を見上げて唸っていた。
ベッドは一人用にしては大きく、ふかふかで、シーツの肌触りも良い。百点満点である。
用事がないときは壁際に立ち、完璧なまでに気配を殺している杏もまた素晴らしいメイドだ。
入浴の時も彼女は的確に菜乃花を補佐し、髪や背中を洗ってくれた。
入浴の前に食べた夕食は全てが手の込んだ逸品で美味しかった。
総じて、生活に不満はない……のだが。
「……気に入らない……」
「何が?」
話し相手が欲しい雰囲気を察したらしく、有能なメイドが寄ってきた。
菜乃花は服を着替えたが、杏はまだメイド服を着ている。
菜乃花が「もう良い」と言うまでメイド業務を続けるつもりらしい。
「ノートのコピーをもらうついでに、江波《えなみ》さんにも聞いたんだけど。寮でも天坂兄弟はろくに会話してないらしいね」
菜乃花は起き上がり、ベッドの端に座った。
江波有紗《えなみありさ》は同じクラスのクールビューティーだ。
彼女はいくつもグループ会社を持つ大手アパレルメーカーの社長令嬢で、その長身と美貌を活かし、自社製品のモデルもしている。
類まれなる美貌と社長令嬢という肩書きに気後れしてしまって、クラスでも話したことはなかったのだが、いざ夕食のときに顔を合わせ、おっかなびっくり話しかけてみれば、クールながらも有紗は受け答えしてくれた。
頼んだら午後の授業のノートのコピーもさせてくれた。
「ええ。お互い話しかけようとはしないわね。前に話すところを見たのは中間テストの結果が出たときよ。場所は大広間で、時刻は夕食の前だった。総司様が虫けらを見るような目で千影様を見ていらしたから、覚えてる」
「なんっっであの兄貴は弟にそこまで冷たいの!?」
憤懣やるかたなく、左手でベッドを叩く。
千影の部屋に行ったとき、彼とこんなやり取りをした。
――兄貴なら勉強のやり方を間違えたりしないのにな。何をさせても、効率的な方法で最高の結果を出すのにな。俺は本当、ダメな奴だ。嫌われるのも仕方ない。
自嘲と諦めが滲んだ声だった。
――天坂くんは、お兄さんと仲良くしたい?
――したいけど。無理だろ。兄貴は俺のことが嫌いなんだ。
自嘲と諦め、その裏に一抹の寂しさを感じ取って、菜乃花は悲しかった。
そして同時に腹が立った。
夕食のとき、他人とは朗らかに話しても、弟のほうは一瞥もしない兄を見て、怒りは頂点に達した。
午後九時。
菜乃花は自室のベッドに身を投げ出し、天井を見上げて唸っていた。
ベッドは一人用にしては大きく、ふかふかで、シーツの肌触りも良い。百点満点である。
用事がないときは壁際に立ち、完璧なまでに気配を殺している杏もまた素晴らしいメイドだ。
入浴の時も彼女は的確に菜乃花を補佐し、髪や背中を洗ってくれた。
入浴の前に食べた夕食は全てが手の込んだ逸品で美味しかった。
総じて、生活に不満はない……のだが。
「……気に入らない……」
「何が?」
話し相手が欲しい雰囲気を察したらしく、有能なメイドが寄ってきた。
菜乃花は服を着替えたが、杏はまだメイド服を着ている。
菜乃花が「もう良い」と言うまでメイド業務を続けるつもりらしい。
「ノートのコピーをもらうついでに、江波《えなみ》さんにも聞いたんだけど。寮でも天坂兄弟はろくに会話してないらしいね」
菜乃花は起き上がり、ベッドの端に座った。
江波有紗《えなみありさ》は同じクラスのクールビューティーだ。
彼女はいくつもグループ会社を持つ大手アパレルメーカーの社長令嬢で、その長身と美貌を活かし、自社製品のモデルもしている。
類まれなる美貌と社長令嬢という肩書きに気後れしてしまって、クラスでも話したことはなかったのだが、いざ夕食のときに顔を合わせ、おっかなびっくり話しかけてみれば、クールながらも有紗は受け答えしてくれた。
頼んだら午後の授業のノートのコピーもさせてくれた。
「ええ。お互い話しかけようとはしないわね。前に話すところを見たのは中間テストの結果が出たときよ。場所は大広間で、時刻は夕食の前だった。総司様が虫けらを見るような目で千影様を見ていらしたから、覚えてる」
「なんっっであの兄貴は弟にそこまで冷たいの!?」
憤懣やるかたなく、左手でベッドを叩く。
千影の部屋に行ったとき、彼とこんなやり取りをした。
――兄貴なら勉強のやり方を間違えたりしないのにな。何をさせても、効率的な方法で最高の結果を出すのにな。俺は本当、ダメな奴だ。嫌われるのも仕方ない。
自嘲と諦めが滲んだ声だった。
――天坂くんは、お兄さんと仲良くしたい?
――したいけど。無理だろ。兄貴は俺のことが嫌いなんだ。
自嘲と諦め、その裏に一抹の寂しさを感じ取って、菜乃花は悲しかった。
そして同時に腹が立った。
夕食のとき、他人とは朗らかに話しても、弟のほうは一瞥もしない兄を見て、怒りは頂点に達した。
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