1 / 107
01:土下座から始まった(1)
しおりを挟む
「すみませんでした」
衣替え移行期間の六月上旬、昼休憩中。
五桜《ごおう》学園の保健室では一人の男子生徒が土下座していた。
「もういいから、気にしないで。顔を上げて。ね?」
呑気に椅子に座っているわけにもいかず、園田菜乃花《そのだなのか》は床に両膝をつき、土下座している男子生徒の肩を優しく叩いた。
足を畳み、深々と頭を下げている男子は1年G組、天坂千影《あまさかちかげ》。
昨日から夏服に着替えた菜乃花とは違い、まだ冬服のブレザーを着用した千影は、黒縁の眼鏡をかけた地味な男子だ。
人畜無害、根暗、空気、冴えない眼鏡。
ああ、そういえばいたかしらそんな人。
彼について尋ねると、誰もが手厳しい評価を下す。
学年主席でスポーツ万能、あらゆる分野でトップの成績を叩き出す完璧超人、兄の天坂総司とは対極の存在、まさに光と影だと。
千影に関するエピソードとして最も印象に残っているのは、半月前の女子の告白だ。
彼と同じクラスの女子が放課後、屋上に彼を呼び出して告白したらしい。
――好きです、付き合ってください。
その告白を、彼はあろうことか「二次元に彼女がいるから」という文句で断った。
二次元に彼女がいるから。
G組とは遠く離れたA組所属の菜乃花の耳にまで話が届くのだから、その断り方が生徒たちにどれほど大きな衝撃を与えたのかがわかるというものだ。
菜乃花も噂好きの女子から告白の顛末を聞いたときは少々驚いた。
しかし、表向き優等生のふりをしつつ、裏ではアイドルを目指す美少年育成ゲームをこっそり嗜んでいる菜乃花は二次元にハマる千影の気持ちもわかった。
生きていると、悲しいかな、現実は理不尽だと思うことは割とよくある。
嫌な人だっているし、嫌なことだってある。
辛いとき、悲しいとき、いつだって二次元の住人たちは温かな笑顔で現実に傷ついて荒んだ心を癒し、明日に立ち向かう勇気と活力を与えてくれるのだ。
――ともあれ、そんなことはおいといて。
「無理です。気にします。本当に申し訳ありませんでした」
千影の額はもはや床にくっつきそうだ。
いくら清潔に掃除されているとはいえ、床に両手と額をつけるというのは衛生的にも良くないだろうし、何よりずっと気になっていた異性が亀のように身体を丸めた姿は見ていて辛い。
「だから……」
どれだけ言葉を尽くしてもわかってもらえず、菜乃花は途方に暮れた。
衣替え移行期間の六月上旬、昼休憩中。
五桜《ごおう》学園の保健室では一人の男子生徒が土下座していた。
「もういいから、気にしないで。顔を上げて。ね?」
呑気に椅子に座っているわけにもいかず、園田菜乃花《そのだなのか》は床に両膝をつき、土下座している男子生徒の肩を優しく叩いた。
足を畳み、深々と頭を下げている男子は1年G組、天坂千影《あまさかちかげ》。
昨日から夏服に着替えた菜乃花とは違い、まだ冬服のブレザーを着用した千影は、黒縁の眼鏡をかけた地味な男子だ。
人畜無害、根暗、空気、冴えない眼鏡。
ああ、そういえばいたかしらそんな人。
彼について尋ねると、誰もが手厳しい評価を下す。
学年主席でスポーツ万能、あらゆる分野でトップの成績を叩き出す完璧超人、兄の天坂総司とは対極の存在、まさに光と影だと。
千影に関するエピソードとして最も印象に残っているのは、半月前の女子の告白だ。
彼と同じクラスの女子が放課後、屋上に彼を呼び出して告白したらしい。
――好きです、付き合ってください。
その告白を、彼はあろうことか「二次元に彼女がいるから」という文句で断った。
二次元に彼女がいるから。
G組とは遠く離れたA組所属の菜乃花の耳にまで話が届くのだから、その断り方が生徒たちにどれほど大きな衝撃を与えたのかがわかるというものだ。
菜乃花も噂好きの女子から告白の顛末を聞いたときは少々驚いた。
しかし、表向き優等生のふりをしつつ、裏ではアイドルを目指す美少年育成ゲームをこっそり嗜んでいる菜乃花は二次元にハマる千影の気持ちもわかった。
生きていると、悲しいかな、現実は理不尽だと思うことは割とよくある。
嫌な人だっているし、嫌なことだってある。
辛いとき、悲しいとき、いつだって二次元の住人たちは温かな笑顔で現実に傷ついて荒んだ心を癒し、明日に立ち向かう勇気と活力を与えてくれるのだ。
――ともあれ、そんなことはおいといて。
「無理です。気にします。本当に申し訳ありませんでした」
千影の額はもはや床にくっつきそうだ。
いくら清潔に掃除されているとはいえ、床に両手と額をつけるというのは衛生的にも良くないだろうし、何よりずっと気になっていた異性が亀のように身体を丸めた姿は見ていて辛い。
「だから……」
どれだけ言葉を尽くしてもわかってもらえず、菜乃花は途方に暮れた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
【完結】碧よりも蒼く
多田莉都
青春
中学二年のときに、陸上競技の男子100m走で全国制覇を成し遂げたことのある深田碧斗は、高校になってからは何の実績もなかった。実績どころか、陸上部にすら所属していなかった。碧斗が走ることを辞めてしまったのにはある理由があった。
それは中学三年の大会で出会ったある才能の前に、碧斗は走ることを諦めてしまったからだった。中学を卒業し、祖父母の住む他県の高校を受験し、故郷の富山を離れた碧斗は無気力な日々を過ごす。
ある日、地元で深田碧斗が陸上の大会に出ていたということを知り、「何のことだ」と陸上雑誌を調べたところ、ある高校の深田碧斗が富山の大会に出場していた記録をみつけだした。
これは一体、どういうことなんだ? 碧斗は一路、富山へと帰り、事実を確かめることにした。
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。
遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。
彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。
……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。
でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!?
もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー!
ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。)
略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる