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107:激昂(2)

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「鍵を渡せ」
 殺気の籠った目で睥睨する。
「……い、命だけは助けてちょうだい」
 観念したらしく、ミレーヌは鞭を床に落として哀願した。
 これだけのことをしておいて、自分の命は惜しいらしい。
 体中の血管がまとめて切れてしまいそうだ。

「次に無駄口を叩けば殺す」
 新菜の気迫に圧倒されたらしく、ミレーヌは口を閉ざした。
 震えながら、ドレスのポケットから鍵を取り出す。

 新菜は奪うようにその鍵を取り上げた。
 細い輪に三つの鍵が下がっている。
 もうこの女に用はない。

 新菜はちょうど駆けつけた傭兵たちにミレーヌを引き渡した。
 ラオは新菜の顔を見て、何かを悟ったように微苦笑した。
「後は任せるっすよ」
 ラオは他の傭兵たちと手分けして、気絶した男たちを牢屋の外に運んでいった。

(……ありがとう、ラオさんたち)
 新菜はラオや他の傭兵たちの気遣いに感謝した。
 息を吐いて気持ちを改め、ハクアに笑いかける。

「怖かったでしょうハクア様。もう大丈夫ですよ。イグニス様もアマーリエ様も駆けつけてくださいました。ミレーヌたちには裁きが下ります。もうハクア様を傷つける者はいません」
 膝をつき、まずは足枷を外しにかかる。ハクアは裸足だった。
 よほど強く締め上げられていたらしく、枷を外した両足首には赤い痕が残った。
 新菜はその痛々しさにこっそり唇を噛んだ。

「これからはわたしがいます。もう二度とこんな目に遭わせませんから、安心してください」
 立ち上がって手錠を外す過程で気づいた。
 ハクアの頬と首にいくつか爪痕がある。
(あの女……)
 暗い憎悪が胸を焼き焦がす。どうせなら身柄を引き渡す前に殴っておけば良かったとすら思った。
 足枷と手錠を外し終わり、四肢の自由を取り戻しても、ハクアは俯き加減に立ち尽くすばかりで何も言わない。

 心配になったが、新菜はわざと明るい調子で言った。
「よし、あとはこの鍵で――」
 最後に残った首輪を外すべく、新菜はハクアの首に手を触れようとし、

 ――ぱしん。

 小さな手が、新菜の手を弾いた。

 呆けてハクアを見る。
 ハクアもまた、自分の行為に驚いたような顔をしていた。

「…………あ。すまない。その……もう少しだけ待ってくれないか。少ししたら落ち着くから」
 ハクアの身体は震えていた。
 その細い手首には、足首と同様、手錠の痕がくっきりと残っている。

「すまない」
 顔を伏せ、手のひらを握り締め、怯えを必死に隠そうとしながら、ハクアが繰り返した。
 その声はいつもよりも高い、子どもの声だ。
 トウカと変わらない、誰かの庇護が必要な、幼い子どもの声だ。

「もう少しだけ待っ――」
 耐えられなくなり、新菜は両手のグローブを外してポケットに突っ込んだ。
 跪いて小さな矮躯を抱きしめる。
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