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92:叫び(3)

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(――でも、イグニス様にも、誰にも悲しい顔をさせたくない。ハクア様を失いたくない)

 全身を蝕む恐怖に抗い、勇気を出して、大きく息を吸う。
 助けを求めて叫ぼうとした、が、男はそれを許してくれなかった。
 殺気を感じて飛び退いた瞬間、足元にナイフが突き刺さった。
 反応が一瞬でも遅れれば死んでいた。
 慌てて逃げるが進行方向に次々とナイフが刺さる。
 降り注ぐナイフの中を走るのは恐怖でしかなかった。
 形のある死が風を切って迫って来る。
 逃げるのに手一杯で叫ぶ余裕がない。

 ナイフはフィーネを追い立て、入り口からどんどん離れていく。
 エルダとレイの姿が遠ざかる。
 進行方向から新手が現れた。
 男が三人。噴水広場でミレーヌと行動を共にしていた男たちだ。
 逃げきれないと、折れそうになる心を叱咤する。

(頑張るんだ。ハクア様は命がけでフィーネを逃がしてくれた。だったらフィーネだってできるはずだ)
 フィーネは一か八かで方向転換した。
 最も近い木に向かって駆け、茂みに飛び込む。
 ナイフが背中を掠めて痛みが走ったが構わない。
(フィーネにできることを!)

「助けて――!!!」
 茂みの中でフィーネは声を限りに絶叫した。
 この声量ならエルダとレイに届いたはずだ。
 後は二人が来てくれるのを待つだけだが、その間自分は生き延びられるだろうか。
「響け応えよ命のパルス・祈りを以て奇跡を成せ・火炎弾《ファイアボルト》!」
 茂みから木の裏に移動したところで、飛来した火の玉が茂みを燃やした。
 フィーネが叫んだため、人が来る前になりふり構わず全力で殺すと決めたようだ。
 誰も彼も目が怖い。殺気に満ち溢れている。

 フィーネは木陰に隠れたまま、急いで新菜に変身した。
 エルダとレイが駆けつけたとき、黒猫の姿では状況を理解してもらうのにも時間がかかる。

「響け応えよ命のパルス・祈りを以て奇跡を成せ――」
「響け応えよ命のパルス・祈りを以て奇跡を成せ――」
 複数の詠唱が被った。
 左右から挟み撃ちで魔法が来る。
 フィーネは木の奥、公園を囲う鉄柵に駆け寄り、濡れた手すりを掴んだ。

「「火炎陣《バーストフレア》!!」」
 背後で炎が炸裂した。
 幹が割れる嫌な音を立て、熱風に髪やスカートが煽られてはためく中、死に物狂いでよじ登る。
 しばらく手すりを走って飛び降り、改めて入り口を目指すつもりだったのだが。
 手すりに上ったところで左腕、二の腕をナイフが掠めた。
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