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91:叫び(2)

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(フィーネは、間違ったことをしたけれど。せめて。いまできることを)
 雨の中、四足を持てる全ての力で動かし、ハクアとともに歩いてきた遊歩道を疾風の如く駆ける。
 ほどなく公園の門が見えた。
 門の向こう、三メートルほど先の外灯の下にエルダとレイが立っている。
 暗闇に光を見つけたような気分になった。
 あそこまで行けばハクアを助けてもらえる。
 まだ間に合う、終わってなんかいない。
(――絶対に間に合わせる!)

 門の手前、木のベンチにはカップルが座っている。
 園内に入るときもいたカップルだ。
 ニ十歳前後の男女は闇夜を駆ける黒猫を見て立ち上がり、
「――ひっ!?」
 容赦なくナイフを投げつけてきた。
 間一髪で右に飛んで難を逃れたが、あと一秒でも遅れたらナイフは身体を貫いていた。

 心臓がばくばくと跳ねる。
「ど……どういうこと、です?」
 問いかけに返答はない。
 カップルに見せかけた男女、こいつらはミレーヌの手下だ。伯爵家の傭兵。
 ミレーヌはハクアを捕獲する際、邪魔者が入らないよう、出入り口に監視役を置くと言っていた。

 でも何故彼らがフィーネを攻撃するのだろう。
 混乱する頭で考えて、すぐにわかった。
 命令もなしに傭兵がこんな行動をするわけがない。つまり。
(……ミレーヌ様は、最初からフィーネを殺すつもりだったんだ……)
 ミレーヌの優しい言動が甦り、裏切られた悲しみと悔しさで泣きたくなる。
 この人こそはきっと、そう思ったのに。

(……違う。いまそんなこと考えちゃダメ。ハクア様を助けなきゃ!)
 フィーネが気持ちを立て直す間に二人は道を塞いだ。
 男も女も投げナイフを手にしている。
 暗殺用の武器らしく、ハクアに刺さったものより小ぶりだった。

(すぐそこにエルダさんとレイさんがいるのに。助けを呼ばないと、ハクア様が死んじゃうのに)
 自分を殺すための刃物を見て、身体ががくがく震える。
 フィーネにできることは変身、ただそれだけで、戦う力もない。
 他に魔法も使えない。
 変身するにも隙ができる。身体が光に包まれた瞬間、目の前に立ちはだかる男女はフィーネを殺害するだろう。万事休すだ。

(どうしよう。どうしたら)
 エルダとレイがこちらに気づいてくれないだろうか。そんな都合の良いことを考える。
 大きな音を立てれば注意を引けるか。
 叫ぶか。そんな暇を男女が与えてくれるだろうか。
 二人とも射殺さんばかりの目でフィーネを見下ろしている。
 倫理も道徳もなく、金で雇われた傭兵としての職務を全うしようとしている。

 まるで侯爵家の傭兵たちとは対極だ。
 彼らは優しかった。こんな冷たい目をする者なんて誰一人いなかった。
 きっと雇い主が違うからだ。
 イグニスはいきなりやってきた自分を温かく迎えてくれた。
 抱っこだってしてくれた。首輪もくれた。
 恨まれる覚悟も怒られる覚悟もできている。
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