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86:暗転(8)

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「目を抉るなんて言ったらためらうでしょう? だから嘘をついたの。それだけのことよ」
 ミレーヌは悪びれもせず、平然と言った。
 フィーネの顔がさっと青くなる。
「で、でも、それじゃあフィーネは……騙されたってことに……」
「そうね。でも、それもどうでもいいことよ。あんたはここで死ぬんだから」
「え?」
 今度こそ固まったフィーネにミレーヌは厭らしく笑い、屈んで頬を撫でた。

「アルベルトがあんたを連れて帰ったとき、私は本当に嬉しかったのよ。何せ幻獣をこの目で見るのは初めてだったもの。契約したら大魔法使いになれるんじゃないかと楽しみにしていたのに、蓋を開けて見ればあんた、角無しの出来損ないじゃないの。そのときの落胆があんたにわかる?」
「ええ……っと……それは、みんなから言われました……けど……」
 フィーネは身を縮め、俯いた。

「でも……それでもミレーヌ様は良いと言ってくれました、です、よね。優しくしてくれて……大好きって言ってくれて……何度も抱きしめてくれました、です。すごく、すごく嬉しかったですよ?」
 フィーネは頬を撫でるミレーヌの手を掴み、縋った。
 恐らく必死で浮かべているのであろう笑みは強張り、身体が震えている。

「ミレーヌ様は、約束してくれた、です。言うことを聞けば、愛してくれると――ずっとずっと、愛してくれると……だから、フィーネは」
「馬鹿じゃないの?」
 ミレーヌは笑顔でフィーネの台詞を遮り、辛辣に言い放った。
 フィーネの表情が凍る。
「私はあんたを愛したことなんて一度もないし、愛する気もないわよ。誰があんたみたいな出来損ないを愛するものですか」
 フィーネはその場にへたりこんだ。
 瞳から一切の光が消える。
 ミレーヌの手を掴んでいた小さな手が、だらりと垂れた。

 ミレーヌは心配するでもなく、まるでゴミクズでも見るような目でフィーネを見下ろし、腰に手を当てた。
「やって」
 と、右手の護衛に向かって傲慢に顎をしゃくる。

 護衛が剣を抜き放ち、俯くフィーネの頭上に振り上げた。
 すぐそこに死が迫っているというのに、フィーネは反応しない。
 抗う気力もないのだ。絶望しているから。

 まるで過去の自分を見ているようだ。

 エルマリアが自分を庇って致命傷を負ったとき、ハクアは彼女を抱きしめて死の訪れを待った。
 ただ彼女と一緒に逝くことを望んだ。
 でもその望みは叶わなかった。エルマリアが許さなかった。
 護衛が剣を振り下ろす。
 その直前、ハクアは動いた。
 フィーネの身体を後ろから羽交い締めにして引き、死から遠ざける。
 結果として、白刃はただ何もない空間を薙いだだけだった。
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