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84:暗転(6)

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「……お前……ミミ、か?」
 まさかとは思うが、しかし、それならば全てに納得がいく。
 猫ならば誰もその行動を怪しんだりはしない。
 勝手気ままに姿を眩ませ、敵に逐一情報を流すことも容易だ。

「……はい」
 少女は悄然と項垂れた。
「ほんとうは、フィーネっていいます。フィーネはトウカと同じ幻獣ですが、角がなくて、人間と契約できないんです。でも、ひとつだけ特別な魔法が使えます。姿を自由に変えられるんです」
 新菜には言っていないが――『やってみせてくれ』と乞われるのが目に見えているからだ――ハクアは外見年齢をある程度変えることができる。
 具体的には五歳から二十歳程度。その中で最も高い外見年齢を保っているのは、人間に侮られないためだ。子どもの姿をしていれば格段に危険度が増す。

 だが、外見年齢は変えられても自分と全く違う別人にはなれないし、姿形を自由に変える魔法など聞いたこともない。
 恐らくフィーネ固有の特殊魔法。
 角がないことといい、フィーネは非常に珍しい幻獣だ。

「ごめんなさいハクア様。まさかこんなことになるなんて」
 フィーネが大きな目に涙を溜めて言ったとき、耳が足音を捉えた。
  一人ではない、恐らく四、五人ほど。
 息を詰めて痛みに抗い、振り返る。
 部下らしき者たちを引き連れ、歩いてくるのは女だった。
 もったいぶるようにゆっくりとした足取りからして、いますぐどうこうしようという気はないらしい。

「謝る気があるなら、ナイフを抜け」
 敵が仕掛けてくる前にと、ハクアは口早に言った。
 ナイフが刺さったままでは自然治癒力も働かない。

「は、はい。じゃああの、ぬ、抜きますよ!」
 フィーネは背後に回り、掛け声とともに一息でナイフを抜いた。
「……っ!」
 あまりの激痛に身体が大きく痙攣した。
 反射で上げそうになった悲鳴を噛み殺し、俯いて荒い呼吸を繰り返す。
 生温い液体が服を汚し、広がっていく感覚に寒気が走った。

「だだだ大丈夫ですかごめんなさい、ほんとにごめんなさい」
「何を謝ってるのよフィーネ」
 接近していた足音が止まり、女の声がした。

 五人の男を従え、扇子片手に悠然と立つのは、ドレスを纏った美しい女だった。
 外灯に照らされた金の巻き毛。深い青の瞳。
 耳元や胸元で宝石がキラキラ輝いている。
 庶民の出で立ちではない。貴族か。
(こいつ、どこかで……?)
 どこかで見たような気がするのだが思い出せない。

 ハクアは人間に対して非常に関心が薄く、記憶しているのは侯爵家関連の人間と、ごく一部の例外だけだ。
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