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83:暗転(5)

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「おれには話せないことか? イグニスやアマーリエのほうが話しやすいなら、あいつらに頼んで――」
「いいえ」
 新菜は俯いて、静かに否定した。手が握り締められている。
「……ニナ?」
 呼びかけにも新菜は答えない。
 風が吹いて、水面に波紋が広がり、ポニーテイルにした彼女の黒髪が揺れる。

「……じゃあ、おれにできることはないか? 何でもいい。してほしいことがあれば遠慮なく言ってほしい」
 どうにか笑顔を取り戻したいと、ハクアはこのとき必死だった。
 新菜のことに全神経を取られていた。
 だから、気づかなかった。園内に誰もいない違和感に。
 いつの間にか二人を取り囲む複数の人影に。

「では、お願いです。いますぐここから逃げてください」
 新菜は瞳を潤ませ、いまにも泣き出しそうな顔でそう言った。

「……え?」
 全く予想外な言葉を聞いて、ハクアが当惑すると同時。
 背後から衝撃を受けた。
 身体の芯を揺さぶるような、激しい衝撃が胸を貫く。

 投擲用のナイフで刺された、と脳が理解した頃には、吸い込まれるように地面に膝をついていた。
 新菜が悲鳴をあげた。

 上がった新菜の悲鳴はか細く、おまけに両手で口元を覆っていたため、公園全体に響き渡るには到底声量が足りなかった。
 入り口で待っているであろう護衛二人の耳に届くはずもなく、救援は望めない。

 迫り来る地面に手をつき、どうにか倒れることだけは防いだ。
 激痛が身体と脳を侵食する。悪寒が背筋を這い回り、額に嫌な汗が滲んだ。
(……平和ボケしたな)
 無様を笑いたくなった。
 ここまでの深手を負わせられたのは十年ぶりか。
 イグニスに出会う前までこんなことは日常茶飯事だった。人間に心を開くと必ず裏切られた。後ろから首を絞められたり刺されたり。誰もがこの目を欲して狂ったように襲い掛かってきた。

「ハクア様、大丈夫ですか!?」
 新菜が真っ青な顔で跪き、手を伸ばしてきたが、ハクアはその手を払いのけた。
 ぱん、と音が弾け、新菜が驚いた顔で固まる。

「……言いたいことは色々あるが……まずはニナの物真似を止めろ。不愉快だ」
 ハクアは目の前の少女が新菜ではないことを確信していた。
 新菜は言ったのだ。わたしはハクア様を傷つけたりしません、と。
 ハクアは新菜を信じている。
 自分のために毎日掃除をし、手の込んだ料理を作り、手の皮がボロボロになるほど剣を振り、無事を祈ってくれたあの少女を信じている。

 どんなことがあっても新菜が自分を裏切るはずがない。
 自分を窮地に陥れるような真似を、新菜がするものか。

 睨みつけると、新菜は――いや、新菜の偽者は、親に酷く叱られた子どものような顔をした。
 その身体が光に包まれて変化していく。小さくなっていく。

 やがて、光が消えて現れたのは、新菜とは似ても似つかない少女だった。
 トウカと同じか少し上程度の、小さな子どもである。
 両耳の上で縛った黒髪に青い瞳。
 頭からは猫のような黒い耳が、スカートからは細い尻尾が生えていた。
 黒猫。ミミ――連想して、ハクアは目を剥いた。
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