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81:暗転(3)

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(この前の満月の夜は綺麗だったな)
 思い返して、口の端に微かな笑みが浮かんだ。
 背に乗せて飛ぶと新菜もトウカも大喜びしてくれた。
 冒険者に目撃されて大変なことになったが、もしこうなるとわかっていてもハクアはきっと飛ぶことを選択していただろう。
 あんな幸せそうな笑顔を見せられて止めることなどできるわけがない。
 新菜のリボンが結わえられた左手首に触れる。

 無事に帰ってきてください。
 彼女は祈るように、切実さすら感じる表情でそう言った。

 不思議だ。森で出会って一ヵ月ほどしか経っていないのに、彼女はハクアにとってこんなにも大きな存在になっている。
 庭で抱きしめたことを思い出して、急に恥ずかしくなってきた。
 何故あんなことをしたのだろうか自分は――

「ハクア様!」
 と。
 耳に飛び込んできた声に、ハクアは驚いて顔を跳ね上げた。
 先行していた護衛の男女も、びっくりしたように前方を見ている。
 子犬が尻尾を振るように、嬉しさを満面に浮かべて駆け寄って来る少女。
 いまはドレスでもお仕着せでもなく、そこらの娘が着るような服を纏っているが、見間違えるわけもない。

「――ニナ?」
 愕然と名前を呼ぶ。
 そのときには、新菜は息を切らして目の前に立っていた。

「ニナ、あなたなんでこんなところにいるの!?」
 面識があるらしく、女がすっとんきょうな声をあげた。
 明るく活動的な新菜が侯爵邸のあちこちに顔を出し、職種問わず色んな人間と交流を深めているのは知っていたが、彼女とも知り合いのようだ。

「外出予定が一日伸びたでしょう? 何かあったんじゃないかと、心配で心配で……エドさんにお願いして、馬車で連れてきてもらいました」
「無事だとイグニスから連絡はあっただろう」
 困惑して言う。

「はい。それは聞きましたけど……ハクア様、怒ってます? やっぱりおとなしくトウカたちと待っていたほうが良かったでしょうか……」
 新菜はしゅんとして、上目遣いにこちらを見た。

「いや……驚いたが、怒ってはいない」
 それだけ自分を心配してくれたのなら、むしろ嬉しいことだ。

「そうですか、良かったです!」
 新菜は両手を胸の前で合わせ、本当に嬉しそうに笑った。
「……仕方ない子ねえ」
 その笑顔に気が抜けたらしく、男女が顔を見合わせ、苦笑した。
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