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80:暗転(2)

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「こういう席は苦手だろう。話はついたし、俺たちも早く切り上げるようにするから、先に馬車で待ってろ。酒の匂いだけで酔われても困るしな」
 からかうように笑われた。
「下に護衛がいるから、一緒に行けよ」

「ここから西門までは目と鼻の先だろう。一人で――」
「いいから」
 ぽん、と背中を叩かれた。
 過保護だとは思う。でも、一方で、それが嬉しくもあった。
 自分をこうまで気にかけてくれる人間なんて彼しかいない。
(いや、いまはもう一人いるか)
 あと、小さな幻獣もだ。

「……わかった。じゃあまた後で」
「ああ」

「おや、ハクアさん帰っちまうのか?」
 ギルド支部長が声をかけてきた。
 部下たちの視線もこちらを向く。
「はい。一足先に失礼します。色々と、ありがとうございました」
 ぺこ、と頭を下げる。
 こういうときの礼儀くらいはわきまえていた。
 何よりイグニスたちの顔に泥を塗りたくはない。

「おお。またいつでも立ち寄ってくれ」
 赤ら顔のギルド支部長は片手を上げた。
「……はい」
 愛想として頷き、ハクアは部屋を出た。
 上着の隠しから布に包まれた緑柱石《ベリル》の眼鏡を取り出してかける。
 濃い茶色がかった眼鏡は瞳の色を隠す。
 余計なトラブルを回避するための必需品だった。




 ギルドの一階、酒場の隅で待っていた護衛は男女の二人組だった。
 二人とも気さくな人柄だったため、それほど緊張することなくハクアは二人と夜道を歩いた。
 馬車が待つ西門に向かって歩く道すがら、彼女たちの会話をハクアは聞くともなしに聞いていた。

 オークリンデの街は規模に比べて活気がないと思っていたが、それはこの地を治めるエレシュ伯爵家が重税を課しているからだそうだ。
「なるほど、道理で住民の顔が暗いわけだ」
 と、歩きながら男が言う。
「ほら、この前のお茶会に来てらしたでしょう? 全身を宝石で飾り付けた金髪碧眼の小柄な貴婦人。あれがミレーヌ様、エレシュ伯爵夫人よ。綺麗な顔してとんでもない浪費家らしいわ。性格も難ありで、粗相をしたメイドを身一つで追い出したとか。うちじゃちょっと考えられないわよねえ。夜に盗み食いしても許されたもの。ああ、あたしイグニス様に雇われて良かったわ」

「盗み食いってお前……というか、よくそんなこと知ってるな。どっからそんな情報仕入れてくるんだよ」
「ふふん。噂話は女性の得意技だって相場は決まってるのよ」
 ハクアはちょうど道端ですれ違った男を観察した。
 茶色の眼鏡越しに見る世界の中で、男は顔を伏せ、足早に歩いている。冴えない表情。
 重税を課せられ、生活苦に喘いでいるのだろうか。
 それとも、たまたま不幸なことでもあったのだろうか。

 空を見上げる。
 昨日は晴れていたのに、今日はあいにくの曇り空。星は見えない。
 いまにも雨が降り出しそうだ。
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