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79:暗転(1)

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     ◆      ◆      ◆

 陽が沈んだ夜、八時過ぎ。
 侯爵邸から最も近い冒険者ギルド――オークリンデ支部の二階、第二会議室は宴会場と化していた。
 この地一帯は葡萄の名産地でもある。
 故にテーブルに並べられた酒瓶のうち、最も種類が多いのはワインだった。

 ハクアの隣でイグニスは優雅にワインを飲みながら、支部長やその部下たちと談笑している。
 アマーリエも愛想良く相槌を打っていた。
 どう聞いても酔っぱらいの戯言なのに、二人は熱心に話を聞き、しょうもない自慢話を大げさに褒め称えている。

 社交術に長けた二人は相手に気持ち良く話をさせるのがとても上手だ。
 微笑みを浮かべて聞きたい情報を聞き出し、相手の心を掴んでするりとその内側に入り込む。

 世間話をしていたはずなのに、いつの間にか話題は流れるように自分のことへと移り、ハクアは侯爵家のものなので狙う冒険者には容赦しない、命の保証もしないから覚悟しろといった内容に変わっている。
 ほとんど脅し文句なのだが、二人が終始和やかなため、全く脅しに聞こえない。

 支部長は「構わんよ。オークリンデうちに来た冒険者たちには《月の使者》に手出しは無用と通達するが、それでもそっちに行くようなら好きに対処してくれ」と実に軽く請け負った。
 イグニスとアマーリエが微笑みを交わし合う。
 話は終わった。一件落着。
 後はもう帰るだけ――恐らくそんなことを目で会話しているのだろう。

(……本当に凄いな、イグニスも、アマーリエも)
 王宮でも彼らは国王相手に一歩も引かず、常に主導権を握っていた。
 口下手なハクアはただ置物と化して彼らの交渉を見守ることしかできなかった。

「ありがとうございます、感謝致しますわ」
 アマーリエはギルド支部長のゴブレットに酒を継ぎ足し、微笑んだ。

「おいおい、大げさだよアマーリエさん。侯爵様には世話になってるからなあ」
「……冒険者ギルドに貸しでもあるのか?」
 小声で尋ねると「いや。個人的に」と同じく小声で返された。
 どんな? という疑問が顔に出たらしく、イグニスはにやりと笑った。

「一つ教えておいてやろう。貸しはあればあるほどいい。弱みの把握は交渉術の基本だ。円滑に物事を運ばせられる。いざというときには、日頃の根回しが物を言う」
「……そうか」
 したり顔で説かれたが、社交嫌いな竜には無縁の話だった。
 もはや何も言うことはなく、黙ってハクアは紫色の液体に満たされたグラスを傾けた。
 ワインに見えるが中身はただの葡萄ジュースだ。

 ハクアは下戸で、飲むと大変なことになる、らしい。
 酒を一口でも飲めば意識が飛ぶので全く記憶にないのだが、イグニスには酒を飲んだ翌朝「お前めちゃくちゃ可愛かった」と笑われた。
 アマーリエやメイドたちからも何やら妙に優しくされた。
 あの日以来酒は口に入れないことにしている。
 可愛いとは一体どういうことか、意識のない間自分が何をしでかしたのか、考えるだけで恐怖だ。
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