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72:抱擁とリボン(1)

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 トウカと別れて西の庭を散策していると、ハクアを見つけた。
 クラブアップルの木の下のベンチに座り、目を閉じている。
 足音を殺して近づいたが、ベンチまであと数歩というところでハクアは目を開けた。
「あ、すみません。起こしてしまいましたか?」
「いや。起きていた。本当に眠るつもりはなかったから気にするな」
 ハクアは右手へ移動し、ぽんぽん、と空いた隣のスペースを叩いた。
 新菜が指示通りに腰掛けると、ハクアは何故かじっと新菜を見つめた。

「なんです?」
「ドレス姿のお前はまだ見慣れないな」
「似合いませんか?」
 新菜はドレスのスカートを摘まみ、少しだけ持ち上げた。
「いや。似合う。可愛い」
 可愛い。ストレートな褒め言葉に、ぽっと新菜の顔が赤く染まった。

「でも、お仕着せのほうがしっくりくる――と言ったら怒るか?」
 ハクアは微笑した。
「ふふ、いいえ。わたしもそう思っていますので。いやー、ドレスって肩凝りますねー。見てる分には華やかでいいんですけど、実際に着ると裾さばきが大変です。最初の頃は何度裾を踏んづけて転んだことか。先生に嘆かれましたよ」
 右肩を左手で揉む。アマーリエが見たらはしたないと叱られるだろうが、ここにはいないので問題ない。

「舞踏会用のドレスを着るときはコルセットで締め上げるらしいですから、いまからちょっと怖いです。この家のメイドさんは仕事熱心過ぎていつも全力なんですもの。ぎゅーっと絞られて内臓が破裂したらどうしよう」
「おれからも手加減するように頼んでおこうか」
「ええ、お願いします」
 珍しく冗談めかしたハクアの言葉に、新菜は笑った。

 しばらくの沈黙。
 穏やかな風が庭を吹き抜け、咲き誇る花々を揺らす。
 花の蜜を吸っていた蝶がふわりと空を舞った。
 晴れた青空を一羽の鳥が渡っている。白く美しい、大きな鳥だ。
 どこかハクアに似ている。
 そんなことを思いながら、新菜は落ち着いたトーンで切り出した。

「……今日はいよいよ国王との謁見ですね。緊張してます?」
 尋ねると、ハクアは視線を目の前、風に揺れる花々へと向けた。
 少し黙って、頷く。
「……そうだな。帝国でも、他国でも色々あったし……王という立場にいる人間に良い印象は抱いていない」
 エルマリアを殺したのは帝国軍。つまり元凶は帝国の王だ。
 王がハクアの目を狙わなければ、エルマリアがハクアを庇って死ぬこともなかった。
 過去を思い出しているのか、虹色の目は辛そうだった。
 ベンチに置かれていたハクアの手に力がこもり、わずかに動く。

 なんといえばいいのかわからない。
 だから、言葉の代わりに、新菜はハクアの手に自分の手を重ねた。
 ハクアが驚いたようにこちらを見る。
「大丈夫です。イグニス様もアマーリエ様もハクア様の味方ですよ。もし何かあったときはお二人を頼ってください」
「……ああ」
 ハクアはふっと口元を緩ませた。
 ハクアの持つ空気はなんだか柔らかくなった。
 少なくともほとんど無表情で固定されていた出会った頃に比べれば、格段に表情の変化が増えている。それがとても嬉しい。
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