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70:猫を探して(1)

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 ここからだと角度的に東屋の内部全体を見渡すことはできないが、最も近くで背を向けている女性の身体が軽くのけぞるように動いた。
 誰かが面白いことでも言って笑っているようだ。楽しそうで何よりである。

「あ、ニナ。ミミを見てない?」
 東屋から視線を転じれば、廊下の向こうからトウカが歩いてきた。
 トウカは大体いつも彼女――ミミはメス猫だ――と一緒に行動している。
 人懐っこく、行儀の良いミミは侯爵夫妻や使用人たちからおおむね好意的に迎えられていた。メイドがこっそりおやつをやっている現場を目撃したこともある。

「いなくなったの?」
「うん。書庫で一緒に絵本を読んでたのに、気づいたらいなくなってて。どこ行ったんだろ?」
「トウカに随分懐いてるみたいだし、すぐ戻ってくると思うけど。猫は気まぐれだから、心配しなくていいんじゃない?」
「うん……」
 頷いたものの、トウカの表情は曇ったまま。
 狐の耳も元気を失い、しょんぼり垂れている。
 人間嫌いのトウカは、この屋敷に暮らす大勢の人間に怯えていた。
 それでも新菜と出会ったときのように逃げ出さずに済んだのは、腕の中のミミが精神的な支柱になっていたからだろう。

 トウカは不安になるとミミを撫でることで落ち着いていた。
 そのことを知っている新菜は、屈んで手を差し出した。

「ちょうどいま休憩時間なの。一緒に探すよ」
「ほんと? ありがとう!」
 トウカは嬉しそうに笑い、尻尾を振りつつ、小さな手でぎゅっと新菜の手を掴んだ。
 同時に心臓が鷲掴みにされた。

(可愛いなぁーほんとにもう……!)
 この天使のような笑顔には勝てない。恐らく一生。
 新菜はトウカと手を繋ぎ、猫を探しに歩き始めた。

「猫ならさっき、中庭に向かうのを見ましたよ」
 行く先々でメイドや使用人にミミの行方を尋ね歩くこと数分。
 前庭の木の剪定をしていた庭師はタオルで顔の汗を拭きつつ、柔和な笑みを浮かべて教えてくれた。

「中庭かぁ……いまアマーリエ様がお茶会の最中なんだよね。仕方ない、ミミがいるかどうかだけ確認して、すぐ帰ろう。社交は貴族の大事なお仕事だから、邪魔しちゃダメよ」
「うん」
 人差し指に手を当てると、トウカも同じポーズを取って頷いた。
「よし。いい子」
 トウカの頭を一つ撫で、新菜は中庭へと向かった。
 侯爵邸の建物の影からこっそり顔を出し、様子を窺う。
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