70 / 103
70:猫を探して(1)
しおりを挟む
ここからだと角度的に東屋の内部全体を見渡すことはできないが、最も近くで背を向けている女性の身体が軽くのけぞるように動いた。
誰かが面白いことでも言って笑っているようだ。楽しそうで何よりである。
「あ、ニナ。ミミを見てない?」
東屋から視線を転じれば、廊下の向こうからトウカが歩いてきた。
トウカは大体いつも彼女――ミミはメス猫だ――と一緒に行動している。
人懐っこく、行儀の良いミミは侯爵夫妻や使用人たちからおおむね好意的に迎えられていた。メイドがこっそりおやつをやっている現場を目撃したこともある。
「いなくなったの?」
「うん。書庫で一緒に絵本を読んでたのに、気づいたらいなくなってて。どこ行ったんだろ?」
「トウカに随分懐いてるみたいだし、すぐ戻ってくると思うけど。猫は気まぐれだから、心配しなくていいんじゃない?」
「うん……」
頷いたものの、トウカの表情は曇ったまま。
狐の耳も元気を失い、しょんぼり垂れている。
人間嫌いのトウカは、この屋敷に暮らす大勢の人間に怯えていた。
それでも新菜と出会ったときのように逃げ出さずに済んだのは、腕の中のミミが精神的な支柱になっていたからだろう。
トウカは不安になるとミミを撫でることで落ち着いていた。
そのことを知っている新菜は、屈んで手を差し出した。
「ちょうどいま休憩時間なの。一緒に探すよ」
「ほんと? ありがとう!」
トウカは嬉しそうに笑い、尻尾を振りつつ、小さな手でぎゅっと新菜の手を掴んだ。
同時に心臓が鷲掴みにされた。
(可愛いなぁーほんとにもう……!)
この天使のような笑顔には勝てない。恐らく一生。
新菜はトウカと手を繋ぎ、猫を探しに歩き始めた。
「猫ならさっき、中庭に向かうのを見ましたよ」
行く先々でメイドや使用人にミミの行方を尋ね歩くこと数分。
前庭の木の剪定をしていた庭師はタオルで顔の汗を拭きつつ、柔和な笑みを浮かべて教えてくれた。
「中庭かぁ……いまアマーリエ様がお茶会の最中なんだよね。仕方ない、ミミがいるかどうかだけ確認して、すぐ帰ろう。社交は貴族の大事なお仕事だから、邪魔しちゃダメよ」
「うん」
人差し指に手を当てると、トウカも同じポーズを取って頷いた。
「よし。いい子」
トウカの頭を一つ撫で、新菜は中庭へと向かった。
侯爵邸の建物の影からこっそり顔を出し、様子を窺う。
誰かが面白いことでも言って笑っているようだ。楽しそうで何よりである。
「あ、ニナ。ミミを見てない?」
東屋から視線を転じれば、廊下の向こうからトウカが歩いてきた。
トウカは大体いつも彼女――ミミはメス猫だ――と一緒に行動している。
人懐っこく、行儀の良いミミは侯爵夫妻や使用人たちからおおむね好意的に迎えられていた。メイドがこっそりおやつをやっている現場を目撃したこともある。
「いなくなったの?」
「うん。書庫で一緒に絵本を読んでたのに、気づいたらいなくなってて。どこ行ったんだろ?」
「トウカに随分懐いてるみたいだし、すぐ戻ってくると思うけど。猫は気まぐれだから、心配しなくていいんじゃない?」
「うん……」
頷いたものの、トウカの表情は曇ったまま。
狐の耳も元気を失い、しょんぼり垂れている。
人間嫌いのトウカは、この屋敷に暮らす大勢の人間に怯えていた。
それでも新菜と出会ったときのように逃げ出さずに済んだのは、腕の中のミミが精神的な支柱になっていたからだろう。
トウカは不安になるとミミを撫でることで落ち着いていた。
そのことを知っている新菜は、屈んで手を差し出した。
「ちょうどいま休憩時間なの。一緒に探すよ」
「ほんと? ありがとう!」
トウカは嬉しそうに笑い、尻尾を振りつつ、小さな手でぎゅっと新菜の手を掴んだ。
同時に心臓が鷲掴みにされた。
(可愛いなぁーほんとにもう……!)
この天使のような笑顔には勝てない。恐らく一生。
新菜はトウカと手を繋ぎ、猫を探しに歩き始めた。
「猫ならさっき、中庭に向かうのを見ましたよ」
行く先々でメイドや使用人にミミの行方を尋ね歩くこと数分。
前庭の木の剪定をしていた庭師はタオルで顔の汗を拭きつつ、柔和な笑みを浮かべて教えてくれた。
「中庭かぁ……いまアマーリエ様がお茶会の最中なんだよね。仕方ない、ミミがいるかどうかだけ確認して、すぐ帰ろう。社交は貴族の大事なお仕事だから、邪魔しちゃダメよ」
「うん」
人差し指に手を当てると、トウカも同じポーズを取って頷いた。
「よし。いい子」
トウカの頭を一つ撫で、新菜は中庭へと向かった。
侯爵邸の建物の影からこっそり顔を出し、様子を窺う。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
スラムに堕ちた追放聖女は、無自覚に異世界無双する~もふもふもイケメンも丸っとまとめて面倒みます~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
どうやら異世界転移したらしいJK田崎 唯は、気がついたら異世界のスラムにどこかから堕ちていた。そこにいたる記憶が喪失している唯を助けてくれたのは、無能だからと王都を追放された元王太子。今は、治癒師としてスラムで人々のために働く彼の助手となった唯は、その規格外の能力で活躍する。
エブリスタにも掲載しています。
こちらの世界でも図太く生きていきます
柚子ライム
ファンタジー
銀座を歩いていたら異世界に!?
若返って異世界デビュー。
がんばって生きていこうと思います。
のんびり更新になる予定。
気長にお付き合いいただけると幸いです。
★加筆修正中★
なろう様にも掲載しています。
異世界でフローライフを 〜誤って召喚されたんだけど!〜
はくまい
ファンタジー
ひょんなことから異世界へと転生した少女、江西奏は、全く知らない場所で目が覚めた。
目の前には小さなお家と、周囲には森が広がっている。
家の中には一通の手紙。そこにはこの世界を救ってほしいということが書かれていた。
この世界は十人の魔女によって支配されていて、奏は最後に召喚されたのだが、宛先に奏の名前ではなく、別の人の名前が書かれていて……。
「人違いじゃないかー!」
……奏の叫びももう神には届かない。
家の外、柵の向こう側では聞いたこともないような獣の叫ぶ声も響く世界。
戻る手だてもないまま、奏はこの家の中で使えそうなものを探していく。
植物に愛された奏の異世界新生活が、始まろうとしていた。
異世界でお取り寄せ生活
マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。
突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。
貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。
意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。
貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!?
そんな感じの話です。
のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。
※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。
25歳のオタク女子は、異世界でスローライフを送りたい
こばやん2号
ファンタジー
とある会社に勤める25歳のOL重御寺姫(じゅうおんじひめ)は、漫画やアニメが大好きなオタク女子である。
社員旅行の最中謎の光を発見した姫は、気付けば異世界に来てしまっていた。
頭の中で妄想していたことが現実に起こってしまったことに最初は戸惑う姫だったが、自身の知識と持ち前の性格でなんとか異世界を生きていこうと奮闘する。
オタク女子による異世界生活が今ここに始まる。
※この小説は【アルファポリス】及び【小説家になろう】の同時配信で投稿しています。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
異世界転移の特典はとんでも無いチートの能力だった。俺はこの能力を極力抑えて使わないと、魔王認定されかねん!
アノマロカリス
ファンタジー
天空 光(てんくう ひかる)は16歳の時に事故に遭いそうな小学生の女の子を救って生涯に幕を閉じた。
死んでから神様の元に行くと、弟が管理する世界に転生しないかと持ち掛けられた。
漫画やゲーム好きで、現実世界でも魔法が使えないかと勉強をして行ったら…偏った知識が天才的になっていたという少年だった。
そして光は異世界を管理する神の弟にあって特典であるギフトを授けられた。
「彼に見合った能力なら、この能力が相応しいだろう。」
そう思って与えられた能力を確認する為にステータスを表示すると、その表示された数値を見て光は吹き出した。
この世界ではこのステータスが普通なのか…んな訳ねぇよな?
そう思って転移先に降り立った場所は…災害級や天災級が徘徊する危険な大森林だった。
光の目の前に突然ベヒーモスが現れ、光はファイアボールを放ったが…
そのファイアボールが桁違いの威力で、ベヒーモスを消滅させてから大森林を塵に変えた。
「異世界の神様は俺に魔王討伐を依頼していたが、このままだと俺が魔王扱いされかねない!」
それから光は力を抑えて行動する事になる。
光のジョブは勇者という訳では無い。
だからどんなジョブを入手するかまだ予定はないのだが…このままだと魔王とか破壊神に成りかねない。
果たして光は転移先の異世界で生活をしていけるのだろうか?
3月17日〜20日の4日連続でHOTランキング1位になりました。
皆さん、応援ありがとうございました.°(ಗдಗ。)°.
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる