上 下
65 / 103

65:侯爵邸へようこそ(4)

しおりを挟む
「迷惑をかけてすまない。どうか、よろしく頼む」
「任せておけ」
 イグニスは頼もしく断言し、微笑んだ。
「頼ってくれて嬉しいよ。最善を尽くすと約束しよう」
「大丈夫ですわハクア、何も心配することはありません」
 安心させるようにアマーリエが笑う。
「……ありがとう」
「ああ」
 イグニスは頷いてから、こちらを向いた。
「ところでニナ、あと三週間で仮面舞踏会だ。この前は興味を示していたが、どうするんだ? 招待客の一人として参加するならドレスや靴を用意してやるぞ?」
「……あー……」
 新菜は返答に困って、ハクアの横顔を見つめた。
 ハクアはふっと息を吐いてわずかに肩を落とし、イグニスを見た。

「おれも参加していいか?」
「えっ!? 嫌なんじゃないんですか!?」
 新菜は仰天した。ハクアは以前「行かない」と即答したはずだが。

「おれが参加しないと気が引けるんだろう」
「……本当にいいんですか?」
 新菜は念を押した。
 トウカの膝の上で、ミミもじっとハクアを見ている。

「ああ。昨日は迷惑をかけてしまったし、日頃お前はよく働いてくれている。おれが参加することで、お前が喜ぶなら――」
「喜びます喜びます! すっごく嬉しいですよ!!」
 新菜は興奮して何度も首を縦に振った。
「あのあの、もしかして踊ってくれたりもするんですか!? 一緒に練習しませんか!?」
 何故かイグニスが笑った。

「その必要はないぞニナ。ハクアは踊れる」
「えええ!?」
「人に混じって生きるなら最低限の知識と教養は必要だと思ってな。うちにいる間に一通りの教育は受けさせたんだ。そのときにダンスも――」
「待て、もう何年も前の話だろう。ステップもうろ覚えだぞ」
 ハクアが困ったようにイグニスを制した。

「復習する必要があるか。それならニナと一緒に練習を――」
「いいえ、それはいけませんわ、あなた。本命の相手と踊る楽しみは取っておくべきです。それでこそ当日を指折り数えて待つ甲斐があるというもの」
 横からアマーリエが口を挟み、悪戯っぽく笑んだ。

「それもそうだな。――懐かしいな」
「あら、何がです?」
「俺も王城で催される舞踏会だけは楽しみだった」
 イグニスがアマーリエの頬に触れた。

「君と触れ合える数少ない機会だったからな。踊っている間は国一番の美姫を独占できる。その栄誉に胸を震わせ、この時が永遠に続けばいいと思ったものだ」
 アマーリエが頬を朱に染めた。

「私は楽しみ過ぎていつも寝不足でしたわ。どんなドレスを着ればあなたが気に入ってくださるか、悩んで頭を痛めたものです」
 熱っぽく見つめ合う二人。
(あ、やばい、これ放っといたらまた二人だけの世界になっちゃうわ)
 既にもうなっているような気もするが、早急に帰ってきてもらおう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

番だからと攫っておいて、番だと認めないと言われても。

七辻ゆゆ
ファンタジー
特に同情できないので、ルナは手段を選ばず帰国をめざすことにした。

怖いからと婚約破棄されました。後悔してももう遅い!

秋鷺 照
ファンタジー
ローゼは第3王子フレッドの幼馴染で婚約者。しかし、「怖いから」という理由で婚約破棄されてしまう。

こちらの世界でも図太く生きていきます

柚子ライム
ファンタジー
銀座を歩いていたら異世界に!? 若返って異世界デビュー。 がんばって生きていこうと思います。 のんびり更新になる予定。 気長にお付き合いいただけると幸いです。 ★加筆修正中★ なろう様にも掲載しています。

25歳のオタク女子は、異世界でスローライフを送りたい

こばやん2号
ファンタジー
とある会社に勤める25歳のOL重御寺姫(じゅうおんじひめ)は、漫画やアニメが大好きなオタク女子である。 社員旅行の最中謎の光を発見した姫は、気付けば異世界に来てしまっていた。 頭の中で妄想していたことが現実に起こってしまったことに最初は戸惑う姫だったが、自身の知識と持ち前の性格でなんとか異世界を生きていこうと奮闘する。 オタク女子による異世界生活が今ここに始まる。 ※この小説は【アルファポリス】及び【小説家になろう】の同時配信で投稿しています。

異世界でフローライフを 〜誤って召喚されたんだけど!〜

はくまい
ファンタジー
ひょんなことから異世界へと転生した少女、江西奏は、全く知らない場所で目が覚めた。 目の前には小さなお家と、周囲には森が広がっている。 家の中には一通の手紙。そこにはこの世界を救ってほしいということが書かれていた。 この世界は十人の魔女によって支配されていて、奏は最後に召喚されたのだが、宛先に奏の名前ではなく、別の人の名前が書かれていて……。 「人違いじゃないかー!」 ……奏の叫びももう神には届かない。 家の外、柵の向こう側では聞いたこともないような獣の叫ぶ声も響く世界。 戻る手だてもないまま、奏はこの家の中で使えそうなものを探していく。 植物に愛された奏の異世界新生活が、始まろうとしていた。

異世界転移の特典はとんでも無いチートの能力だった。俺はこの能力を極力抑えて使わないと、魔王認定されかねん!

アノマロカリス
ファンタジー
天空 光(てんくう ひかる)は16歳の時に事故に遭いそうな小学生の女の子を救って生涯に幕を閉じた。 死んでから神様の元に行くと、弟が管理する世界に転生しないかと持ち掛けられた。 漫画やゲーム好きで、現実世界でも魔法が使えないかと勉強をして行ったら…偏った知識が天才的になっていたという少年だった。 そして光は異世界を管理する神の弟にあって特典であるギフトを授けられた。 「彼に見合った能力なら、この能力が相応しいだろう。」 そう思って与えられた能力を確認する為にステータスを表示すると、その表示された数値を見て光は吹き出した。 この世界ではこのステータスが普通なのか…んな訳ねぇよな? そう思って転移先に降り立った場所は…災害級や天災級が徘徊する危険な大森林だった。 光の目の前に突然ベヒーモスが現れ、光はファイアボールを放ったが… そのファイアボールが桁違いの威力で、ベヒーモスを消滅させてから大森林を塵に変えた。 「異世界の神様は俺に魔王討伐を依頼していたが、このままだと俺が魔王扱いされかねない!」 それから光は力を抑えて行動する事になる。 光のジョブは勇者という訳では無い。 だからどんなジョブを入手するかまだ予定はないのだが…このままだと魔王とか破壊神に成りかねない。 果たして光は転移先の異世界で生活をしていけるのだろうか? 3月17日〜20日の4日連続でHOTランキング1位になりました。 皆さん、応援ありがとうございました.°(ಗдಗ。)°.

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

処理中です...