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48:とある執事の憂鬱(3)

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「いえ……オルハーレン侯爵様がどうかなさったのでしょうか?」
 オルハーレン侯爵といえば、ここからほど近い地方一帯を治める領主だ。
 アルベルトと違って敏腕かつ有能な男で、領民からの評価も非常に高い。
 彼と王女アマーリエの結婚が決まったときは多くの令嬢が枕を涙で濡らしたそうだ。

「オルハーレン侯爵家では《月の使者》を飼ってるのよ! 情報屋に聞いたの! この前の満月の夜、神秘の森を飛んでいるのを冒険者が目撃したんですって!」
 ミレーヌは興奮のまま、ばしばし机を叩いた。

「いくら積んだら譲ってくれるかしら? これまでのエサ代と世話代を含めて一千万ギニーあればいいかしら? うーん、千五百万ギニーあれば十分よね?」
「お言葉ですが、いまの伯爵家にそんな大金を支払う余裕はどこにもありませんよ。これをご覧ください」
 クロムは冷たく言って、帳簿を広げてみせた。
 よく見えるように、目の前に突き出す。
 ミレーヌは長い金色の睫毛を何度か上下させた。

「……あら、赤字ばっかりね?」
「はい。火の車だとおわかりいただけたようで何よりです」
 ――あなた方が金を湯水のように使い、代々の当主が大切に守ってきた財を食い潰してきたおかげでね。
 喉元まで出かかった皮肉はどうにか飲み込んだ。

「火の車なんて大げさねぇ。いざとなれば税を上げればいいのよ」
「既に重税を課しております。満足に施政も行っていないというのに、これ以上の税を取り立てれば暴動が起きますよ」
 クロムは帳簿を閉じて脇に置き、サファイアのような瞳を見据えた。

「失礼ながら、奥様は屋敷に引きこもり、宝石を愛でるばかりで外に目を向けられない。日々蓄積されていく民の不満を、事態の深刻さをわかっておられないのです。伯爵家を潰されるおつもりなのですか?」
「大げさな……ああもう、わかった。わかったわよ! もう言わない、これで満足でしょう!」
 視線の圧力に屈し、ミレーヌは勢いよく顔を背け、巻いた金髪を揺らした。

「では、《月の使者》を手に入れるなどという馬鹿げた妄想は捨ててくださるのですね? オルハーレン侯爵家は王家の傍流です。現当主でおられるイグニス様がアマーリエ様とご結婚なされたことで、ますます王家との結びつきを強くなされました。もしも侯爵様の不興を買えばどうなるか――」
「はいはい、わかったって言ってるでしょう! いちいちうるさいのよあんたは!」
 煩わしそうに手を振り、ミレーヌは部屋を出て行った。

「……本当にわかっておられるのか」
 クロムが嘆いた、その一方。
 廊下では。
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