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32:初めてあなたが笑った日(1)

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「たのもー!!」
 蝶番を吹っ飛ばす勢いで、ばーんっとハクアの部屋の扉を開け放つ。
 仁王立ちしている新菜の姿を見て、ハクアは面食らった様子を見せた。
 ハクアは部屋の端にある机に座っていた。
 右手には羽根ペン。何か書き物をしていたらしい。

「どうしたんだ、いきなり」
 ハクアはペンを置き、インク壺に蓋をして立った。

「お話があるんですけど!」
 了解も得ずに部屋の中央まで進み、向かい合って立つ。
「話か。殴り込みかと思った」
「心情的にはそんな感じです!」
「……何をそんなに怒ってるんだ?」
 ハクアは困惑顔だ。

「トウカに聞きました。わたしは人間だから人間と一緒に暮らすのが幸せだと言われたそうですね」
「ああ」
「余計なお世話です。勝手にわたしの幸せを決めないでください。昨日、イグニス様にどうしたいか聞かれてから、私は頭が痛くなるくらい考えました。そりゃもう、知恵熱が出るんじゃないかってくらい考えに考えたんです。結論は一つでした。この家のメイドとして暮らすことがわたしの望みであり幸せです。他の誰でもなく、ハクア様とトウカの世話役でいたいんです。嫌だって言っても無駄ですよ」
 息が続かなくなり、新菜は大きく空気を吸い込んだ。
 酸素補給を終えて、再びまくしたてる。

「追い出されてもわたしは何度でも戻ってきますから。メイドを舐めないでくださいね。毎日天井から床までピッカピカに磨き上げてきたおかげでこの家の構造は理解しました。不法侵入は簡単です」
「犯罪予告をしている自覚はあるか」
「はい。なので是非、わたしを犯罪者にするようなことはしないでください」
 小首を傾げ、百点満点の笑顔を作る。
 ハクアは何も言わない。
 少し俯き、考え込んでいる。
 新菜は笑顔を消し、真顔で問うた。

「……なんでハクア様はわたしを追い出そうとするんですか? メイドとして至らないんでしたら納得もできますが、働き者だと評価してくれましたよね?」
 食事は美味しいと言ってくれた。
 炊事だけではなく、掃除も洗濯も頑張ってきたつもりだ。
 それでも、もし何か問題があるなら遠慮なく言ってほしい。
 そう言ったときも、ハクアは何もないと言った。
 お前の働きには満足していると。
 だとすれば――

「……単純に」
 胸に痛みを覚えながら、聞く。

「わたしが嫌いなんですか。この家に置いておきたくないほどに」
「……違う」
 ハクアは否定したものの、それきりだった。
 先を促すこともなく、ただ、じっと待つ。
 やがて、ハクアは観念したように嘆息した。
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