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物干し竿に干したリネン類が風に揺れている。
洗い立てのシーツは石鹸の良い香りがする。
自分の腕に鼻を近づけてみると、ほのかに同じ香りがした。
川の水で丁寧に洗い流したはずなのに、香りが移っている。
洗濯を手伝ってくれたトウカの手もそうなのだろうか。
母屋の壁に背を預けて座り、ぼんやりと午前の青空を見上げる、
緩やかに雲が流れていく。
天気とは対照的に、新菜の心には重く曇天が立ち込めていた。
昨日ハクアに言われたことが頭の中をぐるぐる回り、離れない。
俯いて、ため息をつく。
剥き出しの土の上を一匹の黒い虫が這っている。
虫は新菜から離れていき、やがて下草に呑まれて見えなくなった。
洗濯が終わればすぐに掃除に取り掛かる。それが新菜の日課だったが、どうもやる気が起きない。メイド失格だ。
(こんなふうにさぼってたら、本当に追い出されるわね)
乾いた笑みが浮かぶ。
でも別に良いか、と思う。
この家の主はそもそも新菜を必要としていないのだから。
追い出されたら行く当てはある。働き口はある。
温かく侯爵夫妻は迎えてくれるだろう。
そしてハクアとトウカは二人きりの生活に戻る。
何も問題はない。
ここから新菜がいなくなったって、困らない。誰も。
(……頑張ったのになぁ)
頼るあてもなく、身一つでこの世界に放り出されたから、新菜は初めて出会ったハクアに縋った。雨風が凌げて、魔物の脅威に怯えずに済むのなら、メイドとして働く場所はどこでも良かった。
でも、この家で暮らすうちに、その考えは変わっていった。
他のどこでもなく、この家にいたい。
ハクアとトウカの役に立ちたい。家や衣服を綺麗に保ち、彼らが快適な生活を送れるように努力したい、美味しい料理を作って喜ばせたい、彼らの笑顔が見たい――そう考えるようになった。
トウカは最初こそ新菜に怯えていたが、徐々に心を開いてくれた。買い出しに行ったときには頼りにしてくれて嬉しかった。
昨日の夜、新菜は眠る前の恒例になっていた文字の読み書きの授業を断り、早々に私室へ引っ込んだ。
すると、トウカが珍しく部屋にやってきた。それも、紅茶持参で。
トウカは飲食物を激烈にまずくする天才だ。
出された紅茶はやはりとんでもなくまずかったけれど、心に浸みた。
紅茶を飲んだ後、トウカは新菜を慰め、一緒に寝てくれた。
起きたら今朝の食事の準備や洗濯を手伝ってくれた。
小さな足音が聞こえた。
座ったままそちらを向くと、玄関のほうからトウカが歩いてきた。
洗い立てのシーツは石鹸の良い香りがする。
自分の腕に鼻を近づけてみると、ほのかに同じ香りがした。
川の水で丁寧に洗い流したはずなのに、香りが移っている。
洗濯を手伝ってくれたトウカの手もそうなのだろうか。
母屋の壁に背を預けて座り、ぼんやりと午前の青空を見上げる、
緩やかに雲が流れていく。
天気とは対照的に、新菜の心には重く曇天が立ち込めていた。
昨日ハクアに言われたことが頭の中をぐるぐる回り、離れない。
俯いて、ため息をつく。
剥き出しの土の上を一匹の黒い虫が這っている。
虫は新菜から離れていき、やがて下草に呑まれて見えなくなった。
洗濯が終わればすぐに掃除に取り掛かる。それが新菜の日課だったが、どうもやる気が起きない。メイド失格だ。
(こんなふうにさぼってたら、本当に追い出されるわね)
乾いた笑みが浮かぶ。
でも別に良いか、と思う。
この家の主はそもそも新菜を必要としていないのだから。
追い出されたら行く当てはある。働き口はある。
温かく侯爵夫妻は迎えてくれるだろう。
そしてハクアとトウカは二人きりの生活に戻る。
何も問題はない。
ここから新菜がいなくなったって、困らない。誰も。
(……頑張ったのになぁ)
頼るあてもなく、身一つでこの世界に放り出されたから、新菜は初めて出会ったハクアに縋った。雨風が凌げて、魔物の脅威に怯えずに済むのなら、メイドとして働く場所はどこでも良かった。
でも、この家で暮らすうちに、その考えは変わっていった。
他のどこでもなく、この家にいたい。
ハクアとトウカの役に立ちたい。家や衣服を綺麗に保ち、彼らが快適な生活を送れるように努力したい、美味しい料理を作って喜ばせたい、彼らの笑顔が見たい――そう考えるようになった。
トウカは最初こそ新菜に怯えていたが、徐々に心を開いてくれた。買い出しに行ったときには頼りにしてくれて嬉しかった。
昨日の夜、新菜は眠る前の恒例になっていた文字の読み書きの授業を断り、早々に私室へ引っ込んだ。
すると、トウカが珍しく部屋にやってきた。それも、紅茶持参で。
トウカは飲食物を激烈にまずくする天才だ。
出された紅茶はやはりとんでもなくまずかったけれど、心に浸みた。
紅茶を飲んだ後、トウカは新菜を慰め、一緒に寝てくれた。
起きたら今朝の食事の準備や洗濯を手伝ってくれた。
小さな足音が聞こえた。
座ったままそちらを向くと、玄関のほうからトウカが歩いてきた。
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