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30:消沈

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 物干し竿に干したリネン類が風に揺れている。
 洗い立てのシーツは石鹸の良い香りがする。

 自分の腕に鼻を近づけてみると、ほのかに同じ香りがした。
 川の水で丁寧に洗い流したはずなのに、香りが移っている。

 洗濯を手伝ってくれたトウカの手もそうなのだろうか。
 母屋の壁に背を預けて座り、ぼんやりと午前の青空を見上げる、
 緩やかに雲が流れていく。

 天気とは対照的に、新菜の心には重く曇天が立ち込めていた。
 昨日ハクアに言われたことが頭の中をぐるぐる回り、離れない。 

 俯いて、ため息をつく。
 剥き出しの土の上を一匹の黒い虫が這っている。
 虫は新菜から離れていき、やがて下草に呑まれて見えなくなった。

 洗濯が終わればすぐに掃除に取り掛かる。それが新菜の日課だったが、どうもやる気が起きない。メイド失格だ。

(こんなふうにさぼってたら、本当に追い出されるわね)
 乾いた笑みが浮かぶ。
 でも別に良いか、と思う。
 この家の主はそもそも新菜を必要としていないのだから。

 追い出されたら行く当てはある。働き口はある。
 温かく侯爵夫妻は迎えてくれるだろう。

 そしてハクアとトウカは二人きりの生活に戻る。
 何も問題はない。
 ここから新菜がいなくなったって、困らない。誰も。

(……頑張ったのになぁ)
 頼るあてもなく、身一つでこの世界に放り出されたから、新菜は初めて出会ったハクアに縋った。雨風が凌げて、魔物の脅威に怯えずに済むのなら、メイドとして働く場所はどこでも良かった。

 でも、この家で暮らすうちに、その考えは変わっていった。
 他のどこでもなく、この家にいたい。
 ハクアとトウカの役に立ちたい。家や衣服を綺麗に保ち、彼らが快適な生活を送れるように努力したい、美味しい料理を作って喜ばせたい、彼らの笑顔が見たい――そう考えるようになった。

 トウカは最初こそ新菜に怯えていたが、徐々に心を開いてくれた。買い出しに行ったときには頼りにしてくれて嬉しかった。

 昨日の夜、新菜は眠る前の恒例になっていた文字の読み書きの授業を断り、早々に私室へ引っ込んだ。
 すると、トウカが珍しく部屋にやってきた。それも、紅茶持参で。
 トウカは飲食物を激烈にまずくする天才だ。
 出された紅茶はやはりとんでもなくまずかったけれど、心に浸みた。

 紅茶を飲んだ後、トウカは新菜を慰め、一緒に寝てくれた。
 起きたら今朝の食事の準備や洗濯を手伝ってくれた。
 小さな足音が聞こえた。
 座ったままそちらを向くと、玄関のほうからトウカが歩いてきた。
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