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29:予期せぬ提案(2)

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「五日間共に暮らしてきたが、こいつは働き者だ。侯爵家でもきっと役に立つと思う」
「待って、待ってください!」
 堪らずに叫ぶ。
「どういうことですか!? そりゃあ、今朝は鏡の前で醜態を晒してしまいましたけれど、わたしはこれまできちんと職務を果たしてきたつもりです! 少しでもハクア様やトウカに喜んでもらいたくて、頑張ってきたのに」
「だからお前は働き者だと正当に評価しているだろう。何をそんなにうろたえているんだ。この家には一時的に住まわせてやるだけだと最初から伝えていたはずだが」
「……それは……」
 虹色の瞳に見据えられて、言葉に詰まる。

「お前は人間だ。人間が人間と暮らす、そこに何の不都合がある? むしろ竜と幻獣と暮らす現状のほうがおかしいだろう。話してみてわかったはずだ。イグニスなら仕える主としては申し分ない。それとも何か不満があるのか」
「……ないに決まってます、けど……」
 違う。問題はそこではない。
 その言葉が口に出せず、新菜は唇を噛んでメイド服を握り、俯いた。

「オルハーレン侯爵家は裕福だ。賃金も弾んでもらえるだろうし、メイドとして働く者はたくさんいる。仕事量も断然少なくなる。いまよりずっと幸せな生活が送れるぞ」
「…………」
「魔導具を買って魔法を使うのが夢だと言っていただろう。侯爵家で働けばその夢はすぐに叶う。金が貯まればどこへ行くもお前の自由だ。侯爵家の使用人になって、仮面舞踏会でもなんでも、好きに参加すればいい。これ以上お前がこの家に留まる理由などない」
「あー、おい。ちょっと待てハクア」
 俯いた視線の先で、イグニスの手が動き、手のひらをハクアに向けた。
 意気消沈したまま、のろのろと顔を上げる。
 イグニスはこめかみを揉みつつ、渋面で言った。

「ニナを引き取るのは構わない。が、それはあくまで、ニナが望むなら、の話だ。本人の意向を無視してどうする。主の言葉には無条件に従えというなら、それは横暴だぞ」
「全くです」
 アマーリエが呆れ顔で同意する。
 トウカも何やら不満そうにハクアを睨んでいた。
 非常に珍しいことだったが、新菜に気づく心の余裕はない。

「ニナはどうしたい?」
「……少し、考えさせていただけないでしょうか」
 イグニスの問いに、小さな声で言う。

「そうか。俺たちはまた一週間後に来るから、そのときに返事を聞かせてくれ。ハクアとよく話し合って、ニナの望むようにすればいい。ニナがどんな選択肢を選ぼうと、俺はニナの望みを尊重するよ」
「ありがとうございます」
 温情に深く頭を下げると、イグニスは頷き、立ち上がってハクアを見た。

「ハクア、ちょっと来い。話がある」
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