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26:侯爵夫妻(2)

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「凄いですね。イグニス様の実力と努力と根性、それはもちろんあると思いますが、何より大きかったのはアマーリエ様への愛ですね!」
 新菜はぐっと拳を握った。
 最初こそ失礼のないようにと気を張っていた新菜だが、イグニスの巧みな話術によって既に化けの皮は剥がされていた。
 肩からはすっかり力が抜け、完全に素で対話している。

「ああ、本当に死ぬかと思ったけどな。でも、後悔はしてない。きっと何度時間を戻しても、俺は同じ行動を取るよ。ワイバーン討伐でも西方の平定でも、アマーリエを妻に迎えるためならなんでもやっただろう」
「きゃー、オアツイ!」
 手を叩くと、イグニスは照れをごまかすようにトウカの頭を撫でた。

「むー」
 荒っぽいその撫で方が気に入らなかったらしく、トウカがふくれっ面で抗議の声を上げたため、イグニスが手を離す。
「ふふ」
 目を細め、アマーリエがトウカの耳を優しく撫でる。

(羨ましいぃー!!)
 多少は打ち解けてきたものの、いまだ新菜は『トウカをもふもふする』夢を叶えられていなかった。
 トウカとのスキンシップといえば、三日前、村に買い出しに行くときに手を繋いだ程度である。
 それも村人に怯えるトウカが縋る対象を必要としていたから、仕方なく、だ。
 新菜が求める親愛に満ちたスキンシップとは程遠い。

 それを侯爵夫妻やハクアは存分に見せつけてくる。
 彼らがトウカと触れ合う度、新菜は空想の中でギリギリとハンカチを噛み締めた。

「実はイグニスが凱旋し、城で盛大な宴が開かれた夜、お父様はごねられたのですよ。まさか本当に討伐するとは思われなかったようで、『お前はアヴァン帝国かエバンテ公爵家に嫁がせたかった』と零され、あろうことか、私の心変わりを望まれたのです」
「え、え、それで? どうしたんですか?」
 新菜は上体を乗り出した。
 イグニスも真顔でアマーリエを見ている。

「約束が違うと抗議しましたわ。これではイグニスが命を懸けた意味がないではありませんか。もちろん、度重なるワイバーンの襲撃に悩まされていた国境の民はイグニスに感謝するでしょうが、それとこれとは全く話が別です。怒り狂った私は、窓辺に立ち、言ってやりました。イグニス以外の殿方と結婚するくらいなら、いますぐこの窓から身を投げますと」
 アマーリエはにこっと笑った。
 妙な気迫がある笑みに、イグニスの顔色が青くなる。
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