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24:メイドの助言(4)
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(でも本当は、実直で誠実で、優しい竜なのに)
そのことをわかってほしい。
彼女に、いいや、彼女だけではなく全ての人間に。
たとえ誰にだろうと、ハクアが嫌われるのは嫌だ。
新菜は急ぎ足でハクアの横に並んだ。
後に続く侯爵夫妻たちに聞こえないよう、小声で言う。
「さっきの、家に上がれ、っていう言い方は良くないですよ。ハクア様は淡々と喋るから、冷たく命令してるように聞こえるんです。侯爵家のメイドさんが悲しい顔をされてましたよ」
本当は怒っていたのだが、新菜は嘘をついた。
ハクアはその性格上、他人に怒られるよりも悲しまれるほうが堪える。
「そんなつもりは……」
案の定、ハクアはわずかにうろたえた。
「ええ、侯爵夫妻はハクア様の性格をよくわかっておられます。咎められることもないでしょう。でも、これからは『上がってくれ』という表現を使うのはどうでしょうか。そのほうが柔らかいし、依頼する形になりますから言われても嬉しいと思うんです」
イグニスの話をするとき、虹色の目は優しかった。
大事な友達なんですね、と言ったら、ハクアは否定しなかった。
トウカと同じく人間嫌いなハクアだが、イグニスとアマーリエは彼にとって特別なのだ。彼に友人と思える人間がいることを新菜は嬉しく思っていた。
できることならずっと良好な関係を保っていてほしいし、彼らに仕える侯爵家の使用人からも好かれていてほしい。
つまりこれは、新菜の願いにも似たわがままだ。
ハクアは表情を変えなかったが、玄関の前で急に身を反転させた。
後に続いていた侯爵夫妻や使用人たちが止まる。
「さっきの台詞、言い直して良いか」
「? ああ」
不思議そうな顔で、イグニス。
「さっきの言い方は……その、冷たく聞こえたなら悪かった。どうもおれは口下手で、誤解を招きやすいらしい」
ハクアは詫びるように目を伏せ、玄関の扉を開けた。
「この際だから言っておく。お前たちが来るのは楽しみにしてるんだ。口には出さないが、トウカも同じ気持ちだと思う。だから、上がってくれ」
侯爵夫妻は唖然とした。
さきほど不満を覗かせていたメイドも、他の使用人たちと揃って目をぱちくりさせている。
数秒して、イグニスは噴き出し、アマーリエは上品に笑った。
その後ろでメイドも笑っている。
ハクアに対する評価が上方修正されたと判断し、ほっとした。
「どうしたのですかハクア、あなたがそんなことを言うなんて」
「森で変なキノコでも食ったか。それとも季節外れの雪でも降らせる気なのか」
イグニスが茶化すように笑う。
「でも、気持ちが聞けて嬉しいよ。お前はなかなか本音を話してくれないからな。俺も領主としての仕事に追われる日々の中で、この家を訪ねるのは楽しみの一つだぞ。なあ、アマーリエ」
「ええ。種族は違えど、あなたは私たちの大事な方ですから」
ハクアが困ったようにこちらを見た。
お前に従ったらなんか変な空気になったとでも言いたげだ。
新菜は背後で手を組み、にっこり笑った。
それを答えの代わりとしよう。
だって新菜はちっとも自分の発言を後悔していないのだから。
そのことをわかってほしい。
彼女に、いいや、彼女だけではなく全ての人間に。
たとえ誰にだろうと、ハクアが嫌われるのは嫌だ。
新菜は急ぎ足でハクアの横に並んだ。
後に続く侯爵夫妻たちに聞こえないよう、小声で言う。
「さっきの、家に上がれ、っていう言い方は良くないですよ。ハクア様は淡々と喋るから、冷たく命令してるように聞こえるんです。侯爵家のメイドさんが悲しい顔をされてましたよ」
本当は怒っていたのだが、新菜は嘘をついた。
ハクアはその性格上、他人に怒られるよりも悲しまれるほうが堪える。
「そんなつもりは……」
案の定、ハクアはわずかにうろたえた。
「ええ、侯爵夫妻はハクア様の性格をよくわかっておられます。咎められることもないでしょう。でも、これからは『上がってくれ』という表現を使うのはどうでしょうか。そのほうが柔らかいし、依頼する形になりますから言われても嬉しいと思うんです」
イグニスの話をするとき、虹色の目は優しかった。
大事な友達なんですね、と言ったら、ハクアは否定しなかった。
トウカと同じく人間嫌いなハクアだが、イグニスとアマーリエは彼にとって特別なのだ。彼に友人と思える人間がいることを新菜は嬉しく思っていた。
できることならずっと良好な関係を保っていてほしいし、彼らに仕える侯爵家の使用人からも好かれていてほしい。
つまりこれは、新菜の願いにも似たわがままだ。
ハクアは表情を変えなかったが、玄関の前で急に身を反転させた。
後に続いていた侯爵夫妻や使用人たちが止まる。
「さっきの台詞、言い直して良いか」
「? ああ」
不思議そうな顔で、イグニス。
「さっきの言い方は……その、冷たく聞こえたなら悪かった。どうもおれは口下手で、誤解を招きやすいらしい」
ハクアは詫びるように目を伏せ、玄関の扉を開けた。
「この際だから言っておく。お前たちが来るのは楽しみにしてるんだ。口には出さないが、トウカも同じ気持ちだと思う。だから、上がってくれ」
侯爵夫妻は唖然とした。
さきほど不満を覗かせていたメイドも、他の使用人たちと揃って目をぱちくりさせている。
数秒して、イグニスは噴き出し、アマーリエは上品に笑った。
その後ろでメイドも笑っている。
ハクアに対する評価が上方修正されたと判断し、ほっとした。
「どうしたのですかハクア、あなたがそんなことを言うなんて」
「森で変なキノコでも食ったか。それとも季節外れの雪でも降らせる気なのか」
イグニスが茶化すように笑う。
「でも、気持ちが聞けて嬉しいよ。お前はなかなか本音を話してくれないからな。俺も領主としての仕事に追われる日々の中で、この家を訪ねるのは楽しみの一つだぞ。なあ、アマーリエ」
「ええ。種族は違えど、あなたは私たちの大事な方ですから」
ハクアが困ったようにこちらを見た。
お前に従ったらなんか変な空気になったとでも言いたげだ。
新菜は背後で手を組み、にっこり笑った。
それを答えの代わりとしよう。
だって新菜はちっとも自分の発言を後悔していないのだから。
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