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20:チューニ病には気をつけよう(2)
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永遠とも思える、地獄の数秒が過ぎていく。
ハクアは顎に手を当てて俯き、ぼそっと呟いた。
「……チューニ病か……」
「なんでそんな単語を知ってるんですかっ!?」
新菜は仰天した。
「以前に会ったリエラの招き人に聞いたことがある」
ハクアは書類の数字でも読み上げるように、淡々と語った。
「異世界人は一時期、誰でも発症する厄介な病があると。多くは成長に伴い自然に治るが、人によっては長く引きずる。だからもしもこの先、リエラの招き人と出会い、そいつが『左目が疼く』などと言い出したり、奇怪な言葉を叫んで珍妙なポーズを取ったりしても、深く追及したりするな。ただ生温かい視線で見守ってやれと言っていた」
(あー、きっとその人も異世界に来て、ついハイテンションになって、おかしなことしたんだろうなぁ……)
新菜は見知らぬ先達に思いを馳せた。
「トウカ、ニナは病気なんだ。だからそんなに怯えるな」
ハクアが頭を撫でると、ハクアの背後に隠れていたトウカが出てきた。
まだ顔が青ざめている。
「そうなのよー、驚かせてごめんね、トウカ。厨二《チューニ》病が再発しちゃったみたいでぇ」
頭をこつんと叩いて『てへっ』と笑い、さも些細な失敗を犯したように振る舞ってみせる。
いまこそ新菜の精神力が試される時だ。開き直らなければ羞恥で死んでしまう。
「もうほんと、失礼しました。ところで」
即座に話題転換にかかる。
「ハクア様は他の異世界人と会ったことがあるんですね。だから私と会ったときにそんなに驚かなかったんですねー。ちなみにその人はどうなったんですか?」
「さあ。五十年も前に別れて、それきりだ」
「五十……!? ちょっと待ってください、ハクア様っていまいくつなんですか?」
「七十は過ぎたと思うが……正確にはいくつだったか。忘れた」
「そんなに年上だったんですか!?」
てっきり人型の外見年齢通り、二十歳前後だと思っていた。
「竜は人間に比べて長寿だからな。二百は生きる」
「二百……!」
新菜は目を剥いた。人間の倍以上だ。
「それより、メイドとして働くんだろう。仕事はちゃんとこなせ」
「はい、ご主人様」
新菜は己の立場と職務を思い出し、背筋を伸ばして深く頭を下げた。
ハクアが廊下の奥へと歩いていく。
トウカはハクアに続いて立ち去る寸前、こちらに顔を向けた。
「どうしたの?」
笑顔で尋ねた新菜に、トウカは上目遣いに、いかにも心配そうな顔と声で。
「お大事にね」
全身に電撃を喰らったようなショックが走る。
幼い子どもの、深い同情と哀れみがこもったその一言は、新菜の笑顔を凍らせるには充分だった。
トウカが小走りに駆けていく音を聞きながら、新菜は激しく震え始めた。
トウカから声をかけてくれたのは、顔を合わせるなり逃げられていた頃に比べたら随分な進歩だと思うし、心配してくれたのも嬉しい。
嬉しい。が。
「………………」
箒から手を離し、がっくりとその場に膝を落とす。
一拍遅れて背後で箒が床に落ちる音がする。
(……もういっそ殺してくれ……!!)
真っ赤に染まった顔を両手で覆い、新菜はしばらく悶絶した。
金輪際、RPGのキャラになりきるのは止めよう。
そう心に決めた朝の出来事だった。
ハクアは顎に手を当てて俯き、ぼそっと呟いた。
「……チューニ病か……」
「なんでそんな単語を知ってるんですかっ!?」
新菜は仰天した。
「以前に会ったリエラの招き人に聞いたことがある」
ハクアは書類の数字でも読み上げるように、淡々と語った。
「異世界人は一時期、誰でも発症する厄介な病があると。多くは成長に伴い自然に治るが、人によっては長く引きずる。だからもしもこの先、リエラの招き人と出会い、そいつが『左目が疼く』などと言い出したり、奇怪な言葉を叫んで珍妙なポーズを取ったりしても、深く追及したりするな。ただ生温かい視線で見守ってやれと言っていた」
(あー、きっとその人も異世界に来て、ついハイテンションになって、おかしなことしたんだろうなぁ……)
新菜は見知らぬ先達に思いを馳せた。
「トウカ、ニナは病気なんだ。だからそんなに怯えるな」
ハクアが頭を撫でると、ハクアの背後に隠れていたトウカが出てきた。
まだ顔が青ざめている。
「そうなのよー、驚かせてごめんね、トウカ。厨二《チューニ》病が再発しちゃったみたいでぇ」
頭をこつんと叩いて『てへっ』と笑い、さも些細な失敗を犯したように振る舞ってみせる。
いまこそ新菜の精神力が試される時だ。開き直らなければ羞恥で死んでしまう。
「もうほんと、失礼しました。ところで」
即座に話題転換にかかる。
「ハクア様は他の異世界人と会ったことがあるんですね。だから私と会ったときにそんなに驚かなかったんですねー。ちなみにその人はどうなったんですか?」
「さあ。五十年も前に別れて、それきりだ」
「五十……!? ちょっと待ってください、ハクア様っていまいくつなんですか?」
「七十は過ぎたと思うが……正確にはいくつだったか。忘れた」
「そんなに年上だったんですか!?」
てっきり人型の外見年齢通り、二十歳前後だと思っていた。
「竜は人間に比べて長寿だからな。二百は生きる」
「二百……!」
新菜は目を剥いた。人間の倍以上だ。
「それより、メイドとして働くんだろう。仕事はちゃんとこなせ」
「はい、ご主人様」
新菜は己の立場と職務を思い出し、背筋を伸ばして深く頭を下げた。
ハクアが廊下の奥へと歩いていく。
トウカはハクアに続いて立ち去る寸前、こちらに顔を向けた。
「どうしたの?」
笑顔で尋ねた新菜に、トウカは上目遣いに、いかにも心配そうな顔と声で。
「お大事にね」
全身に電撃を喰らったようなショックが走る。
幼い子どもの、深い同情と哀れみがこもったその一言は、新菜の笑顔を凍らせるには充分だった。
トウカが小走りに駆けていく音を聞きながら、新菜は激しく震え始めた。
トウカから声をかけてくれたのは、顔を合わせるなり逃げられていた頃に比べたら随分な進歩だと思うし、心配してくれたのも嬉しい。
嬉しい。が。
「………………」
箒から手を離し、がっくりとその場に膝を落とす。
一拍遅れて背後で箒が床に落ちる音がする。
(……もういっそ殺してくれ……!!)
真っ赤に染まった顔を両手で覆い、新菜はしばらく悶絶した。
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そう心に決めた朝の出来事だった。
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