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27:まるで友人のような
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「頑張るのはいいが、無理はするなよ? この村には聖女があと二人いるが、ほとんどお前一人で浄化しているだろう」
ルカ様の言う通り、私はほとんど一人で村を浄化している。
決して他の聖女たちが手を抜いているわけではなく、単純に神力の量が桁違いなのだ。
戦場でもフィーエさんが傷ついた一人を癒している間に、私は広範囲に渡って神力を放出し、一度に五人を癒していた。
神力を広範囲に渡って放出する技術は『放浪巫女』と呼ばれている間に身に着けた。
戦場では呑気に一人ずつ癒している暇などないため、文字通り命懸けで習得した技術である。
フィーエさんたちから教えを乞われたけれど、私も感覚でやっているため説明は難しい。
まさか、私と同じように戦地で生死の狭間をさまよえば覚醒するかも、なんて無責任なことは言えないしね。
何より危なすぎる。
「大丈夫です。体調には気をつけてますから……と」
次の目的地に向かうべく、地面の角灯《ランタン》を持ち上げようと近づいたそのとき、足がもつれてしまった。
一歩足を踏み出すことで転倒は防げたけれど、すぐさまルカ様は手を伸ばして私の身体を支えてくれた。
「……すみません。ちょっと足がもつれてしまいました」
腰を支えてくれたルカ様から離れ、二本の足でしゃんと立つ。
「……どこが大丈夫なんだ?」
ああ、ルカ様の目が冷たい。
「本当に大丈夫ですから! この通り!」
元気であることを示すために大きく両腕を振ってみせる。
「頼むから無理はするな。倒れかけたお前を支えることはできても、本当に倒れられたら神力のない俺にできることは何もないんだ」
珍しく、懇願するようにルカ様はそう言った。
「はい。ご迷惑をかけないように気を付けます」
「馬鹿。迷惑だと感じることなどあるわけがない」
とん、と私の額を指で軽く突き、ルカ様は角灯《ランタン》を持ち上げて歩き出した。
予想外の行動にきょとんとしてから、急いで後を追いかける。
「今日はもう帰るぞ。早く休め」
「え。いえ、お待ちください。これからルーダさんとキクリおじいちゃんの畑を浄化するつもりだったんです。できればコリンさんの果樹園もついでに」
日中に浄化しても良いのだが、日中は村の子どもたちが聖女様聖女様とまとわりついてくるのだ。
いくら遊んであげても子どもたちの体力は無尽蔵である。
それに、日中だと見物客も多い。
浄化するたびに大げさな拍手と大歓声が沸き起こるため気恥ずかしく、だから私はこうして夜な夜な活動している。
もう付近に魔物はいないし、わざわざルカ様についてきて貰わなくても良いのだが、「夜は危ない」とルカ様は絶対に私の単独行動を許してくれなかった。
「帰られるならルカ様お一人でお願いします。その角灯《ランタン》を私に――」
手を伸ばすと、ルカ様はさっと角灯《ランタン》を私から遠ざけた。
「駄目だ。今日は終わり。日中も各地を浄化して回っただろう。これは命令だ」
「……うう」
仕えるべき主人の命令――に見せかけた心配には逆らえるはずもない。
ルカ様はいつだって、私本人よりも私の体調を気遣ってくれるのだ。
仕方ない、ぐっすり眠って、体力を十分に回復した後で浄化しよう。
私は隣の畑を未練がましく見た後、ルカ様の隣に並んだ。
ルカ様はほんの少し不機嫌そうだ。
ルカ様は直情型のラークと違って、あまり感情を表に出すお方ではないけれど、最近、微妙な表情の変化がわかるようになってきた。
「ところでルカ様」
彼の不機嫌を解消するため、私は話題を振った。
「最近ラークと仲が良いですね。ラーク本人から聞いたんですけど、昨日はシエナさんを交えて戦闘訓練に励んだ後、一緒に温泉に入ったとか?」
「……ああ……」
肯定するのが嫌なのか、ルカ様は渋面になった。
「無理やり戦闘訓練に付き合わされた後、無理やり温泉に付き合わされた」
「ふふふ。凄いですねラークの社交性と行動力は」
最初こそルカ様を嫌っていたラークだけれど、戦場でのルカ様の鬼神のような強さと、自警団の団員を庇って負傷した――当然、その傷は後で私が癒した――姿を見て評価を改めることにしたらしい。
ラークは私の前でルカ様に非礼を詫びて頭を下げ、それからはルカ様によく絡むようになった。
ルカ様は王子だというのに、相変わらずラークに畏まる様子は一切なく、気軽に話しかけ、肩に腕を乗せたりしている。
ルカ様が困惑しようが嫌がろうがお構いなしだ。
「ルカ様はラークが苦手ですか?」
「……そうだな。兄上を除けば、これまで俺に積極的に関わろうとする人間はいなかった」
果樹園を出て、畑と畑の間に通る道を歩きながら、ルカ様は目を伏せた。
「ラークのように、まるで友人のように接してくる人間は初めてで……正直、どういう対応をすればいいのかわからない。仮にも伯爵令息のくせに口が悪くて、馴れ馴れしくて……何度拒絶してもしつこい。とにかくめげない。何なんだ、あの雑草のような無駄に逞しい精神力は」
「あははははは」
ルカ様がこんなふうに誰かのことで愚痴るのは初めてで、とうとう耐えられずに私は笑ってしまった。
「……なんで笑うんだ」
ルカ様は拗ねた子どもみたいな言い方をした。
彼の足元では小さな白い花が気持ちよさそうに夜風に揺れている。
ただの雑草だけれど、瘴気に覆われていたときは雑草一つ生えない有様だったから、これも村が順調に回復している証拠だ。
「人間関係で思い悩んでいるいまのルカ様のご様子をノクス様に教えて差し上げたいです。王宮に戻ったらノクス様にお話ししたいことがたくさんあります。セントセレナのこと、ディエン村のこと、ローカス村のこと、プリムのこと。お土産話がたくさんありすぎて、お忙しいノクス様を困らせてしまいそうです」
ルカ様と並んで歩きながら空を仰ぐ。
月は何の障害もなく美しくこの目に映り、私の口元を緩ませたのだった。
ルカ様の言う通り、私はほとんど一人で村を浄化している。
決して他の聖女たちが手を抜いているわけではなく、単純に神力の量が桁違いなのだ。
戦場でもフィーエさんが傷ついた一人を癒している間に、私は広範囲に渡って神力を放出し、一度に五人を癒していた。
神力を広範囲に渡って放出する技術は『放浪巫女』と呼ばれている間に身に着けた。
戦場では呑気に一人ずつ癒している暇などないため、文字通り命懸けで習得した技術である。
フィーエさんたちから教えを乞われたけれど、私も感覚でやっているため説明は難しい。
まさか、私と同じように戦地で生死の狭間をさまよえば覚醒するかも、なんて無責任なことは言えないしね。
何より危なすぎる。
「大丈夫です。体調には気をつけてますから……と」
次の目的地に向かうべく、地面の角灯《ランタン》を持ち上げようと近づいたそのとき、足がもつれてしまった。
一歩足を踏み出すことで転倒は防げたけれど、すぐさまルカ様は手を伸ばして私の身体を支えてくれた。
「……すみません。ちょっと足がもつれてしまいました」
腰を支えてくれたルカ様から離れ、二本の足でしゃんと立つ。
「……どこが大丈夫なんだ?」
ああ、ルカ様の目が冷たい。
「本当に大丈夫ですから! この通り!」
元気であることを示すために大きく両腕を振ってみせる。
「頼むから無理はするな。倒れかけたお前を支えることはできても、本当に倒れられたら神力のない俺にできることは何もないんだ」
珍しく、懇願するようにルカ様はそう言った。
「はい。ご迷惑をかけないように気を付けます」
「馬鹿。迷惑だと感じることなどあるわけがない」
とん、と私の額を指で軽く突き、ルカ様は角灯《ランタン》を持ち上げて歩き出した。
予想外の行動にきょとんとしてから、急いで後を追いかける。
「今日はもう帰るぞ。早く休め」
「え。いえ、お待ちください。これからルーダさんとキクリおじいちゃんの畑を浄化するつもりだったんです。できればコリンさんの果樹園もついでに」
日中に浄化しても良いのだが、日中は村の子どもたちが聖女様聖女様とまとわりついてくるのだ。
いくら遊んであげても子どもたちの体力は無尽蔵である。
それに、日中だと見物客も多い。
浄化するたびに大げさな拍手と大歓声が沸き起こるため気恥ずかしく、だから私はこうして夜な夜な活動している。
もう付近に魔物はいないし、わざわざルカ様についてきて貰わなくても良いのだが、「夜は危ない」とルカ様は絶対に私の単独行動を許してくれなかった。
「帰られるならルカ様お一人でお願いします。その角灯《ランタン》を私に――」
手を伸ばすと、ルカ様はさっと角灯《ランタン》を私から遠ざけた。
「駄目だ。今日は終わり。日中も各地を浄化して回っただろう。これは命令だ」
「……うう」
仕えるべき主人の命令――に見せかけた心配には逆らえるはずもない。
ルカ様はいつだって、私本人よりも私の体調を気遣ってくれるのだ。
仕方ない、ぐっすり眠って、体力を十分に回復した後で浄化しよう。
私は隣の畑を未練がましく見た後、ルカ様の隣に並んだ。
ルカ様はほんの少し不機嫌そうだ。
ルカ様は直情型のラークと違って、あまり感情を表に出すお方ではないけれど、最近、微妙な表情の変化がわかるようになってきた。
「ところでルカ様」
彼の不機嫌を解消するため、私は話題を振った。
「最近ラークと仲が良いですね。ラーク本人から聞いたんですけど、昨日はシエナさんを交えて戦闘訓練に励んだ後、一緒に温泉に入ったとか?」
「……ああ……」
肯定するのが嫌なのか、ルカ様は渋面になった。
「無理やり戦闘訓練に付き合わされた後、無理やり温泉に付き合わされた」
「ふふふ。凄いですねラークの社交性と行動力は」
最初こそルカ様を嫌っていたラークだけれど、戦場でのルカ様の鬼神のような強さと、自警団の団員を庇って負傷した――当然、その傷は後で私が癒した――姿を見て評価を改めることにしたらしい。
ラークは私の前でルカ様に非礼を詫びて頭を下げ、それからはルカ様によく絡むようになった。
ルカ様は王子だというのに、相変わらずラークに畏まる様子は一切なく、気軽に話しかけ、肩に腕を乗せたりしている。
ルカ様が困惑しようが嫌がろうがお構いなしだ。
「ルカ様はラークが苦手ですか?」
「……そうだな。兄上を除けば、これまで俺に積極的に関わろうとする人間はいなかった」
果樹園を出て、畑と畑の間に通る道を歩きながら、ルカ様は目を伏せた。
「ラークのように、まるで友人のように接してくる人間は初めてで……正直、どういう対応をすればいいのかわからない。仮にも伯爵令息のくせに口が悪くて、馴れ馴れしくて……何度拒絶してもしつこい。とにかくめげない。何なんだ、あの雑草のような無駄に逞しい精神力は」
「あははははは」
ルカ様がこんなふうに誰かのことで愚痴るのは初めてで、とうとう耐えられずに私は笑ってしまった。
「……なんで笑うんだ」
ルカ様は拗ねた子どもみたいな言い方をした。
彼の足元では小さな白い花が気持ちよさそうに夜風に揺れている。
ただの雑草だけれど、瘴気に覆われていたときは雑草一つ生えない有様だったから、これも村が順調に回復している証拠だ。
「人間関係で思い悩んでいるいまのルカ様のご様子をノクス様に教えて差し上げたいです。王宮に戻ったらノクス様にお話ししたいことがたくさんあります。セントセレナのこと、ディエン村のこと、ローカス村のこと、プリムのこと。お土産話がたくさんありすぎて、お忙しいノクス様を困らせてしまいそうです」
ルカ様と並んで歩きながら空を仰ぐ。
月は何の障害もなく美しくこの目に映り、私の口元を緩ませたのだった。
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