13 / 52
13:エンドリーネ伯爵邸にて(2)
しおりを挟む
「兄さん。たったいま奇妙な友情が成立したようなんだけど、この二人、危険じゃない? 恋人のためなら本当に人を殺しそうだよ? 放置して大丈夫かな?」
「まあ、なんだかんだ言っても最後の一線は超えないだろう。多分……そうだといいな……」
ユリウスとノエルが何やら小声で囁き合う一方で、リュオンとジオは何事もなかったように着席した。
「ええと……ところでリュオン?」
呼び掛けると、座ったばかりのリュオンがこちらを向いた。
「答えにくい質問なら答えなくても良いんだけれど。どうしても気になるから、聞くだけ聞かせてちょうだい。どうしてあなたは魔法を使わず、メグがこの街の守護結界を張っているの?」
ぴりっ――と、サロンの空気がひりついた。
問われた当人であるリュオンとメグ、エンドリーネ伯爵夫妻は特に大げさな反応をしなかったが、セラたちは一様に驚いた顔をしている。
(やっぱり)
彼女たちの表情を見てルーシェは確信した。
「ルーシェおねーちゃん、何を言ってるの? メグは人間だよ? ほら、よく見てよ。目に《魔力環》がないでしょ?」
無垢な子どものように、メグは自分の目を指さして首を傾げた。
「ええ、だからわたしも最初は気のせいかもしれないと思ったわ。でもメグの身体からは微弱な魔力を感じるの。隠そうとしても隠しきれない魔力を。どうしてそんなことをしているのかわからないけれど、あなたは人間のふりをしている魔女よね? 恐らくは禁じられた変身魔法を自分に使っているのでしょう? セラはさっきユリウス様を猫にした魔女の名前を言わなかったけれど、犯人はあなたじゃない?」
「………………」
「一応これでも《国守りの魔女》だったから、わかるのよ。あなたの魔力は途方もなく大きい。底が知れない……あなたの本当の名前はドロシー・ユーグレース?」
ドロシー・ユーグレース。それは世界最強と謳われる魔女の名だ。
「……有名になんてなるもんじゃないわねー」
メグはがらりと口調を変えて肩を竦めた。
「お見事、正解よ。ユリウスを猫にした犯人もあたしです。でもさ、この身体でいる間はメグってことにしておいて。あたしがここにいるってバレたら面倒くさいのよ、色々と。ジオも内緒にしてといてよね」
「ああ」
「わかったわ、メグ。どうしてここにいるのか聞いてもいい?」
「んー、なんていうか。リュオンが愛してやまないセラにあたしが余計なちょっかいを出したもんだから、リュオンが本気で怒ってね。その結果、リュオンは一時的に魔法が使えない状態になったのよ。リュオンが再び魔法が使えるようになるまで、あたしは罪滅ぼしに無料奉仕してるってわけ」
「……。リュオンが頭に包帯を巻いているのはそのせいなの?」
包帯に覆われたリュオンの右目を見て言う。
「ええ。外傷を負っているわけじゃないんだけど、ある意味、彼はいま怪我人だからね。包帯を巻いとけば怪我を負ってる自覚が生まれるかなと思って、眼帯じゃなくて包帯を巻かせてるの。セラのためならどんな無茶もやりかねないからね、この子は――じゃない、この人は」
「この子?」
まるで自分がはるかに年上であるかのような物言いだ。
「気にしないで、ただの言い間違いよ。それはともかく、ルーシェとジオはこれからどうするの? ラスファルで職探しするの?」
「ええ、そのつもり。この街にはリュオンがいるのだから《国守りの魔女》――いえ、この場合は《街守りの魔女》かしら。《街守りの魔女》は必要ないでしょう?」
「そんなことはないんじゃないかしら?」
口を挟んだのは軽く身を乗り出したセラだ。
「え?」
「だって、街を守る魔女が何人いても問題はないでしょう? 前から思ってたのよ。リュオンが一人でずっと守護結界を張り続けるのは負担が大きすぎるんじゃないかしらって。他の街や王都では複数の魔女が交代制で結界を張っていると聞いたわ。ラスファルでもそうしたほうがいいと思う」
セラはそこで窺うようにバートラムを見た。
「いかがでしょう、バートラム様。リュオンの交代要員として、ルーシェを雇うのは? ルーシェはエルダークの元・《国守りの魔女》です。有事の際には非常に頼りになるでしょう」
「……ルーシェは私に仕える意思はあるか?」
考えるような顔をした後、バートラムはルーシェをひたと見つめた。
「はい。あります」
ルーシェは迷わず頷いた。
《国守りの魔女》となれるほどに大きな魔力をもって生まれたのだから、有効活用したい。
「ならば雇おう」
「ありがとうございます! 精一杯お仕えいたします!」
あっさり就職先が見つかり、ルーシェは心の中で飛び上がって喜んだ。
「まあ、なんだかんだ言っても最後の一線は超えないだろう。多分……そうだといいな……」
ユリウスとノエルが何やら小声で囁き合う一方で、リュオンとジオは何事もなかったように着席した。
「ええと……ところでリュオン?」
呼び掛けると、座ったばかりのリュオンがこちらを向いた。
「答えにくい質問なら答えなくても良いんだけれど。どうしても気になるから、聞くだけ聞かせてちょうだい。どうしてあなたは魔法を使わず、メグがこの街の守護結界を張っているの?」
ぴりっ――と、サロンの空気がひりついた。
問われた当人であるリュオンとメグ、エンドリーネ伯爵夫妻は特に大げさな反応をしなかったが、セラたちは一様に驚いた顔をしている。
(やっぱり)
彼女たちの表情を見てルーシェは確信した。
「ルーシェおねーちゃん、何を言ってるの? メグは人間だよ? ほら、よく見てよ。目に《魔力環》がないでしょ?」
無垢な子どものように、メグは自分の目を指さして首を傾げた。
「ええ、だからわたしも最初は気のせいかもしれないと思ったわ。でもメグの身体からは微弱な魔力を感じるの。隠そうとしても隠しきれない魔力を。どうしてそんなことをしているのかわからないけれど、あなたは人間のふりをしている魔女よね? 恐らくは禁じられた変身魔法を自分に使っているのでしょう? セラはさっきユリウス様を猫にした魔女の名前を言わなかったけれど、犯人はあなたじゃない?」
「………………」
「一応これでも《国守りの魔女》だったから、わかるのよ。あなたの魔力は途方もなく大きい。底が知れない……あなたの本当の名前はドロシー・ユーグレース?」
ドロシー・ユーグレース。それは世界最強と謳われる魔女の名だ。
「……有名になんてなるもんじゃないわねー」
メグはがらりと口調を変えて肩を竦めた。
「お見事、正解よ。ユリウスを猫にした犯人もあたしです。でもさ、この身体でいる間はメグってことにしておいて。あたしがここにいるってバレたら面倒くさいのよ、色々と。ジオも内緒にしてといてよね」
「ああ」
「わかったわ、メグ。どうしてここにいるのか聞いてもいい?」
「んー、なんていうか。リュオンが愛してやまないセラにあたしが余計なちょっかいを出したもんだから、リュオンが本気で怒ってね。その結果、リュオンは一時的に魔法が使えない状態になったのよ。リュオンが再び魔法が使えるようになるまで、あたしは罪滅ぼしに無料奉仕してるってわけ」
「……。リュオンが頭に包帯を巻いているのはそのせいなの?」
包帯に覆われたリュオンの右目を見て言う。
「ええ。外傷を負っているわけじゃないんだけど、ある意味、彼はいま怪我人だからね。包帯を巻いとけば怪我を負ってる自覚が生まれるかなと思って、眼帯じゃなくて包帯を巻かせてるの。セラのためならどんな無茶もやりかねないからね、この子は――じゃない、この人は」
「この子?」
まるで自分がはるかに年上であるかのような物言いだ。
「気にしないで、ただの言い間違いよ。それはともかく、ルーシェとジオはこれからどうするの? ラスファルで職探しするの?」
「ええ、そのつもり。この街にはリュオンがいるのだから《国守りの魔女》――いえ、この場合は《街守りの魔女》かしら。《街守りの魔女》は必要ないでしょう?」
「そんなことはないんじゃないかしら?」
口を挟んだのは軽く身を乗り出したセラだ。
「え?」
「だって、街を守る魔女が何人いても問題はないでしょう? 前から思ってたのよ。リュオンが一人でずっと守護結界を張り続けるのは負担が大きすぎるんじゃないかしらって。他の街や王都では複数の魔女が交代制で結界を張っていると聞いたわ。ラスファルでもそうしたほうがいいと思う」
セラはそこで窺うようにバートラムを見た。
「いかがでしょう、バートラム様。リュオンの交代要員として、ルーシェを雇うのは? ルーシェはエルダークの元・《国守りの魔女》です。有事の際には非常に頼りになるでしょう」
「……ルーシェは私に仕える意思はあるか?」
考えるような顔をした後、バートラムはルーシェをひたと見つめた。
「はい。あります」
ルーシェは迷わず頷いた。
《国守りの魔女》となれるほどに大きな魔力をもって生まれたのだから、有効活用したい。
「ならば雇おう」
「ありがとうございます! 精一杯お仕えいたします!」
あっさり就職先が見つかり、ルーシェは心の中で飛び上がって喜んだ。
98
お気に入りに追加
1,085
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
あなたなんて大嫌い
みおな
恋愛
私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。
そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。
そうですか。
私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。
私はあなたのお財布ではありません。
あなたなんて大嫌い。
ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。
光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。
昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。
逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。
でも、私は不幸じゃなかった。
私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。
彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。
私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー
例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。
「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」
「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」
夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。
カインも結局、私を裏切るのね。
エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。
それなら、もういいわ。全部、要らない。
絶対に許さないわ。
私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー!
覚悟していてね?
私は、絶対に貴方達を許さないから。
「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。
私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。
ざまぁみろ」
不定期更新。
この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。
兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!
ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。
自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。
しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。
「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」
「は?」
母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。
「もう縁を切ろう」
「マリー」
家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。
義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。
対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。
「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」
都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。
「お兄様にお任せします」
実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる