上 下
43 / 52

43:使者との対話(2)

しおりを挟む
「……困りましたね。私はルーシェ様を連れ帰るまで国には戻れないのです」
「ではラスファルで暮らされたらいかがですか? 働き口はたくさんありますよ」
 にっこり笑っての提案を、リチャードは曖昧な微笑みを浮かべて受け流した。

「ときにルーシェ様。あなたはジオ様と同じくファレナ孤児院のご出身だと聞いておりますが、メリナという少女をご存知でしょうか?」

「……ええ」
 魔法学校を出た後、立ち寄った孤児院で「《国守りの魔女》様だー!」と無邪気に讃えてくれた少女だ。
 何故彼女の名前がここで上がるのか。嫌な予感がして、肯定は少し遅れた。

「メリナは王都から少し離れた街で暮らす老夫婦に引き取られたのですが、運悪く魔獣に襲われ、大怪我を負ったそうですよ」

(あの子が……!?)
 内心に激しい動揺が走る。

「幸い、治癒魔法の使い手がいたため大事には至らなかったようですが。このまま《国守りの魔女》が現れなければ、メリナのように魔獣に襲われる被害者は増え続ける一方でしょうね」
「…………」

「ちょっと待て。被害者が何人出ようがルーシェには何の関係もねーことだろうが。余計な情報を与えてルーシェを惑すんじゃねーよクソ騎士。だからテメーは嫌いなんだ」

 俯いたルーシェを見て黙っていられなくなったらしく、ジオが口を挟んだ。
 どうやらリチャードとジオは顔見知りであるらしい。

「失礼致しました」
 リチャードはまたも頭を下げて口を噤んだが、彼の言葉はルーシェの心に突き刺さったまま抜けようとしない。

(また《国守りの魔女》をやるなんて絶対嫌。でも……わたしならいまエルダークを襲ってる魔獣を全部弾くことができる)

 結界魔法以外は全く駄目なルーシェだが。

 唯一使える結界魔法だけは、大魔導師リュオンに「生涯かけてもおれはルーシェの域には辿り着けない。この精度の結界魔法を使える魔女はルーシェしかいない」と言わしめたのだ。

「…………どうするの?」
 長い長い沈黙を挟んで、スザンヌが問いかけてきた。

「エルダークに帰るつもりがないならそれで結構。使者たちを追い返して、このままラスファルの魔女として暮らしなさい」

「……でも、もしエルダークの王が納得せず、武力行使に訴えてきたら……」
 スカートを握る。

「そのときは迎え撃つまでよ。まさか貴女、エルダークの兵士にラスファルの兵士が負けるとでも思っているの? わたくしたちが手塩に掛けて育てた兵士は常勝無敗、加えてこちらには大魔導師リュオンまでいるのよ? 負ける理由が見当たらないわ」
 スザンヌは扇子で口元を隠したまま目を細めた。

(……まあ確かに、大魔導師に加えてセラもいるんじゃエルダークに勝ち目はないわよね……)

 魔法で冗談のように吹っ飛ばされるエルダークの兵士たちを想像して、ルーシェは苦笑した。

「……スザンヌ様。申し訳ございません。休暇をいただけませんか」

 ルーシェは立ち上がり、銀髪を垂らして頭を下げた。

「エルダークの《国守りの魔女》になるつもりはありません。これからもラスファルの魔女として働きたいと思っています。ですが、どうしてもエルダークのことが心配なんです。嫌な思い出もたくさんありますが、良い思い出だってあるんです」

《国守りの魔女》様と讃えてくれた人々の顔を思い出してしまっては、もう知らぬふりはできない。

 不格好な手作りのクッキーをくれた子どもがいた。

 抱えきれないほどの花をくれた素敵な男性もいた。
 いつもありがとうね、と微笑んでくれた老婆もいたのだ。

「魔獣を追い払ったら、なるべく早く戻ってきます。ですからどうか、お願いします」

「待てよ。ルーシェが行くならオレも行く」
 ぐいっと横から腕を引っ張られた。

 ジオは決意を秘めた強い目でルーシェを見つめている。

「でも、ジオにはユリウス様の護衛としての仕事が――」
「お前がどんな目に遭わされるかわかったもんじゃねーのに、一人で行かせられるかよ。監禁されて強引に《国守りの魔女》に据えられた挙句、またあの馬鹿王子と婚約させられそうになったらどうする」

「…………そのときは死ぬ気で暴れるわ」
 想像だけで寒気が走り、ルーシェは自分の腕を摩った。

「お願いします、スザンヌ様。オレもルーシェと一緒に行かせてください」
 ジオはルーシェの隣で頭を下げた。

「……ルーシェがいなくなってしまったらユリウスの護衛にも身が入らないでしょうね。わたくしが欲しいのは腕の立つ護衛であって、恋人の安否を気にする腑抜けではなくってよ」

「じゃあ……!」
 期待に満ちた顔をしたジオを見つめてスザンヌは頷いた。

「ええ、良くってよ。ジオが不在の間はユリウスの護衛は他の者に任せましょう。なるべく早く帰って来なさい」

「はい、ありがとうございます!」
 頭を下げたジオから視線をルーシェへと移動させて、スザンヌが口を開く。

「ルーシェもよ。貴女はラスファルの魔女、すなわちわたくしとバートラムのモノ。エルダークの《国守り》になるなんて許さないわ」
 スザンヌは白い繊手を伸ばしてルーシェの頬に触れた。
 スザンヌがこうして自分に触れるのは初めてだった。

「いやルーシェはオレのモノ――」
 謎の口論になりそうだったため、ルーシェはジオの腕を軽く叩いて黙らせた。

「ありがとうございます。必ず帰ってきます」
 ルーシェは理解ある主人に向かって、深々と頭を下げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。 毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります

みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」 私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。  聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?  私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。  だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。  こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。  私は誰にも愛されていないのだから。 なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。  灰色の魔女の死という、極上の舞台をー

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

悪役令息、拾いました~捨てられた公爵令嬢の薬屋経営~

山夜みい
恋愛
「僕が病気で苦しんでいる時に君は呑気に魔法薬の研究か。良いご身分だな、ラピス。ここに居るシルルは僕のために毎日聖水を浴びて神に祈りを捧げてくれたというのに、君にはがっかりだ。もう別れよう」 婚約者のために薬を作っていたラピスはようやく完治した婚約者に毒を盛っていた濡れ衣を着せられ、婚約破棄を告げられる。公爵家の力でどうにか断罪を回避したラピスは男に愛想を尽かし、家を出ることにした。 「もううんざり! 私、自由にさせてもらうわ」 ラピスはかねてからの夢だった薬屋を開くが、毒を盛った噂が広まったラピスの薬など誰も買おうとしない。 そんな時、彼女は店の前で倒れていた男を拾う。 それは『毒花の君』と呼ばれる、凶暴で女好きと噂のジャック・バランだった。 バラン家はラピスの生家であるツァーリ家とは犬猿の仲。 治療だけして出て行ってもらおうと思っていたのだが、ジャックはなぜか店の前に居着いてしまって……。 「お前、私の犬になりなさいよ」 「誰がなるかボケェ……おい、風呂入ったのか。服を脱ぎ散らかすな馬鹿!」 「お腹空いた。ご飯作って」 これは、私生活ダメダメだけど気が強い公爵令嬢と、 凶暴で不良の世話焼きなヤンデレ令息が二人で幸せになる話。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。 表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。 小説家になろうさんにも投稿しています。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

処理中です...