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29:ようやく雨が上がった日
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◆ ◆ ◆
誰もが安眠できなかったであろうその日の早朝。
ユリウスが一人静かに屋敷を出たことに、多分全員が気づいていた。
気づいていて誰も止めなかった。
声をかけるのも躊躇われるほど殺気立っていたノエルでさえ、兄の意思を尊重した。
ルーシェはあえて『遠視』の魔法を使うことなく、何も知らない状態でユリウスの帰りを待った。
サロンの長椅子に座り、膝の上で両手を組み、祈るように待っていた。
「…………」
サロンには朝食準備中のネクターを除いた全員が集まっていたが、誰も一言も話さない。
重い沈黙に包まれたサロンに響くのは庭で囀る鳥の声と、柱時計が時を刻む音だけ。
カチ、カチ、カチ――
静かな部屋では、普段は気にならないような小さな音さえ耳につく。
カチ、カチ、カチ――
無心でその音を聞いていると、ジオとノエルがほとんど同時に立ち上がった。
「「帰ってきた!」」
その声は見事に重なった。
(なんでわかるの? ジオたちの聴覚――この場合は第六感?――は一体どうなっているの?)
心底不思議だが、二人の言葉を疑う者は誰もいない。
全員が立ち上がって競うように正面玄関へと向かう。
最も先行していたノエルがドアノブに手をかけるよりも早く、玄関の扉が開いた。
「なんだ。どうした」
勢揃いした一同を見て、灰色の空と薄暗い街を背景に立つユリウスは面喰ったような顔をしていた。
「兄さん、大丈夫!? あの女に何かされてない!?」
ユリウスが無事なのは一目瞭然なのだが、ノエルはペタペタと兄の身体に触った。
ユリウスの背後に回ってまで身体を確認している。
「あ、ああ。話しただけで、別に何も――」
ユリウスの言葉を最後まで聞くことなく、集まった全員が一斉に喋り出す。
「どんな話をしたの!?」
「エリシアは何しに来たの!?」
「まさかとは思うが、復縁要請じゃねーよな?」
「はあ!? 復縁要請!? 違うよね兄さん、もしそうだったら殺してやる――」
「だから落ち着けってノエル。剣から手を離せ――」
「いや、復縁要請だったら殺して良いと思う。オレが許す」
「煽るんじゃないわよ!! そもそもオレが許すって、どこから目線の発言!?」
「ねえみんな、落ち着きましょう? みんなが一度に喋ったらユーリ様の話す暇が――」
「復縁要請じゃなかったら金の無心か?」
「嘘でしょ!? 捨てた元婚約者に金をせびるとか、どんだけ面の皮が厚いの!? そんなクソみたいな女がこの世に実在するの!? 同じ女として超恥ずかしいんですけど!!」
「ル、ルーシェ、さすがにその言葉遣いはちょっと――」
「………………」
目の前でギャアギャア騒ぐ皆を見て。
「………………ふっ。あはははは」
ユリウスが笑い始めた。
全員がぴたっと動きを止め、珍しく声を上げて笑うユリウスを呆けたような目で見る。
「……いや、すまない。クソみたいな女か。そうか。そうだよな……エリシアのような女性はほんの一握りなんだよな。ルーシェの反応のほうが普通なんだよな――」
笑うのを止めたユリウスは俯き加減に、独りごちるように呟いた。
「? うん、よくわからないけど、結婚式当日に逃げるような女はただのクソだし、ごく稀だと自信をもって言わせてもらうわ!」
「ルーシェ。だから。その言葉遣いは止めなさい」
力いっぱい頷いたルーシェの肩を叩いて嗜め、セラはユリウスに顔を向けた。
彼女の眉尻は心配そうに下がっている。
「ユーリ様。結局、エリシアはどんな用件でこの街に来ていたのですか? 彼女とどんな話をされたんですか? 酷いことを言われたりしていませんよね?」
「…………」
ユリウスは眩しいものでも見るような顔でセラを見てから、ふと口元を緩めた。
「……何があったか話すよ。全部。セラも朝食はまだだろう? 今日は一緒に食べよう」
不意に分厚い雲が割れて太陽が覗く。
ユリウスは朝の陽射しに照らされながら、穏やかな声で言って笑った。
誰もが安眠できなかったであろうその日の早朝。
ユリウスが一人静かに屋敷を出たことに、多分全員が気づいていた。
気づいていて誰も止めなかった。
声をかけるのも躊躇われるほど殺気立っていたノエルでさえ、兄の意思を尊重した。
ルーシェはあえて『遠視』の魔法を使うことなく、何も知らない状態でユリウスの帰りを待った。
サロンの長椅子に座り、膝の上で両手を組み、祈るように待っていた。
「…………」
サロンには朝食準備中のネクターを除いた全員が集まっていたが、誰も一言も話さない。
重い沈黙に包まれたサロンに響くのは庭で囀る鳥の声と、柱時計が時を刻む音だけ。
カチ、カチ、カチ――
静かな部屋では、普段は気にならないような小さな音さえ耳につく。
カチ、カチ、カチ――
無心でその音を聞いていると、ジオとノエルがほとんど同時に立ち上がった。
「「帰ってきた!」」
その声は見事に重なった。
(なんでわかるの? ジオたちの聴覚――この場合は第六感?――は一体どうなっているの?)
心底不思議だが、二人の言葉を疑う者は誰もいない。
全員が立ち上がって競うように正面玄関へと向かう。
最も先行していたノエルがドアノブに手をかけるよりも早く、玄関の扉が開いた。
「なんだ。どうした」
勢揃いした一同を見て、灰色の空と薄暗い街を背景に立つユリウスは面喰ったような顔をしていた。
「兄さん、大丈夫!? あの女に何かされてない!?」
ユリウスが無事なのは一目瞭然なのだが、ノエルはペタペタと兄の身体に触った。
ユリウスの背後に回ってまで身体を確認している。
「あ、ああ。話しただけで、別に何も――」
ユリウスの言葉を最後まで聞くことなく、集まった全員が一斉に喋り出す。
「どんな話をしたの!?」
「エリシアは何しに来たの!?」
「まさかとは思うが、復縁要請じゃねーよな?」
「はあ!? 復縁要請!? 違うよね兄さん、もしそうだったら殺してやる――」
「だから落ち着けってノエル。剣から手を離せ――」
「いや、復縁要請だったら殺して良いと思う。オレが許す」
「煽るんじゃないわよ!! そもそもオレが許すって、どこから目線の発言!?」
「ねえみんな、落ち着きましょう? みんなが一度に喋ったらユーリ様の話す暇が――」
「復縁要請じゃなかったら金の無心か?」
「嘘でしょ!? 捨てた元婚約者に金をせびるとか、どんだけ面の皮が厚いの!? そんなクソみたいな女がこの世に実在するの!? 同じ女として超恥ずかしいんですけど!!」
「ル、ルーシェ、さすがにその言葉遣いはちょっと――」
「………………」
目の前でギャアギャア騒ぐ皆を見て。
「………………ふっ。あはははは」
ユリウスが笑い始めた。
全員がぴたっと動きを止め、珍しく声を上げて笑うユリウスを呆けたような目で見る。
「……いや、すまない。クソみたいな女か。そうか。そうだよな……エリシアのような女性はほんの一握りなんだよな。ルーシェの反応のほうが普通なんだよな――」
笑うのを止めたユリウスは俯き加減に、独りごちるように呟いた。
「? うん、よくわからないけど、結婚式当日に逃げるような女はただのクソだし、ごく稀だと自信をもって言わせてもらうわ!」
「ルーシェ。だから。その言葉遣いは止めなさい」
力いっぱい頷いたルーシェの肩を叩いて嗜め、セラはユリウスに顔を向けた。
彼女の眉尻は心配そうに下がっている。
「ユーリ様。結局、エリシアはどんな用件でこの街に来ていたのですか? 彼女とどんな話をされたんですか? 酷いことを言われたりしていませんよね?」
「…………」
ユリウスは眩しいものでも見るような顔でセラを見てから、ふと口元を緩めた。
「……何があったか話すよ。全部。セラも朝食はまだだろう? 今日は一緒に食べよう」
不意に分厚い雲が割れて太陽が覗く。
ユリウスは朝の陽射しに照らされながら、穏やかな声で言って笑った。
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