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21:緊急会議
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ユリウスが自室に引っ込んだ後、別館のサロンでは緊急会議が開かれた。
もちろん議題はユリウスのことである。
生涯独身でも構わないと言っていたが、ユリウスは由緒正しいエンドリーネ伯爵家の長男。
家を継ぎ、子孫を残すのは貴族として生まれた彼の義務。
それは彼も重々承知の上のはずで――だからこそ、事態はより一層深刻なのだった。
「どうしたものかなあ……」
雨が陰気な音を立ててサロンの窓を叩く中。
兄想いなノエルは向かいの長椅子に座り、眉間に皺を寄せてため息をついている。
メグは我関せずという顔で静かに紅茶を啜っていた。
「……過去に戻れたらエリシアを事故に見せかけて暗殺するんだけどなあ……」
「ノエル。気持ちはわかるが、そんなことを言っては駄目だ。今日は朝から殺意が高すぎるぞ。少し落ち着け」
リュオンに指摘され、痛いところを突かれたようにノエルは黙り込んだ。
「ねえ、ノエル。エリシアってどんな女性だったの?」
ルーシェは思い切って尋ねてみた。
この家ではその名前自体が禁忌とされていたが、こうなったらとことん彼女のことを知りたかった。
「……顔は良かったよ。顔はね」
それきり、ノエルは何も言おうとしない。
兄を裏切った女性のことなど口にするのも嫌らしい。
ユリウスとは長い付き合いであるリュオンに目を向けると、彼はどう説明したものかな、という顔をして言った。
「陽に透ける薄茶色の髪にエメラルドの瞳。右目の下には特徴的な黒子があって、身長はセラより少し低いくらいかな。確かに美人だったよ。セラには負けるけど」
「私を比較対象にしなくていいから」
リュオンの隣に座っているセラの頬はわずかに赤い。
「ノエルは絵が上手いから、描いてくれたらすぐに雰囲気が伝わると思うんだが……」
「あの女をぼくに描けと? 何それ新手の拷問?」
絶対零度の目でノエルはリュオンを見返した。
「……この通りだからな。とにかく、優しくて可愛らしい、おっとりした感じの女性だった。おれの見た限りでは」
「ふうん。親に決められた婚約者同士、初めから愛なんてなかったのかもしれないけど、何も結婚式当日に駆け落ちすることはないのに……あんまりよね。もしわたしがそれをやられたら立ち直れないわよ……」
(そういう意味では、デルニス様に早々に婚約破棄してもらって助かったかもなあ)
などと考え、雨の音を聞きながら、皆で黙していると。
「あのさ。行方をくらましたエリシアの居場所を突き止めねーか?」
ジオが口を開いた。
「突き止めてどうするの?」
ノエルがテーブルの一点からジオへと目の焦点を移動させた。
「決まってる。頭を踏みつけてでもユリウスの前で跪かせて、誠心誠意詫びさせるんだよ」
とんでもないことをジオは平然と言い放った。
「……そうしたいのはやまやまだけど、レネル伯爵家からは慰謝料を貰ってるし、愚かな娘をどうか許してやってくれ、危害を加えないでくれって、わざとらしく公衆の面前で叫ばれたんだよ。王家も見てる前で跪かれたら許さないわけにもいかず、父上は書類にサインもしてるんだ。下手なことをすればこっちが訴えられる。エンドリーネの名前に傷がつく」
(ああ。レネル伯爵は正しくエンドリーネ伯爵一家のことを評価していたんだ)
レネル伯爵が先手を打っていなければ、このやたらと血の気の多い親子は――特にスザンヌとノエルは――ユリウスを傷つけたエリシアを地の果てまで追いかけて血祭りにしていたことだろう。
「……面倒くせーな、貴族ってやつは」
ジオはため息をついて頭を掻いた。
「なら、オレがユリウスの護衛騎士を辞めた後でぶん殴るのも駄目か? 伯爵家に迷惑がかかる?」
「何を言い出すのよジオ。あなた、今日護衛騎士になったばかりでしょ。一時の感情で仕事を失うつもり? 馬鹿なこと言わないで」
ルーシェはジオの手を引っ張った。
「解雇されてもいーよ。それよりユリウスを傷つけたクソ女を殴りたい」
「ちょっと……」
手を振り払われたことで本気を悟り、肌が粟立つ。
もちろん議題はユリウスのことである。
生涯独身でも構わないと言っていたが、ユリウスは由緒正しいエンドリーネ伯爵家の長男。
家を継ぎ、子孫を残すのは貴族として生まれた彼の義務。
それは彼も重々承知の上のはずで――だからこそ、事態はより一層深刻なのだった。
「どうしたものかなあ……」
雨が陰気な音を立ててサロンの窓を叩く中。
兄想いなノエルは向かいの長椅子に座り、眉間に皺を寄せてため息をついている。
メグは我関せずという顔で静かに紅茶を啜っていた。
「……過去に戻れたらエリシアを事故に見せかけて暗殺するんだけどなあ……」
「ノエル。気持ちはわかるが、そんなことを言っては駄目だ。今日は朝から殺意が高すぎるぞ。少し落ち着け」
リュオンに指摘され、痛いところを突かれたようにノエルは黙り込んだ。
「ねえ、ノエル。エリシアってどんな女性だったの?」
ルーシェは思い切って尋ねてみた。
この家ではその名前自体が禁忌とされていたが、こうなったらとことん彼女のことを知りたかった。
「……顔は良かったよ。顔はね」
それきり、ノエルは何も言おうとしない。
兄を裏切った女性のことなど口にするのも嫌らしい。
ユリウスとは長い付き合いであるリュオンに目を向けると、彼はどう説明したものかな、という顔をして言った。
「陽に透ける薄茶色の髪にエメラルドの瞳。右目の下には特徴的な黒子があって、身長はセラより少し低いくらいかな。確かに美人だったよ。セラには負けるけど」
「私を比較対象にしなくていいから」
リュオンの隣に座っているセラの頬はわずかに赤い。
「ノエルは絵が上手いから、描いてくれたらすぐに雰囲気が伝わると思うんだが……」
「あの女をぼくに描けと? 何それ新手の拷問?」
絶対零度の目でノエルはリュオンを見返した。
「……この通りだからな。とにかく、優しくて可愛らしい、おっとりした感じの女性だった。おれの見た限りでは」
「ふうん。親に決められた婚約者同士、初めから愛なんてなかったのかもしれないけど、何も結婚式当日に駆け落ちすることはないのに……あんまりよね。もしわたしがそれをやられたら立ち直れないわよ……」
(そういう意味では、デルニス様に早々に婚約破棄してもらって助かったかもなあ)
などと考え、雨の音を聞きながら、皆で黙していると。
「あのさ。行方をくらましたエリシアの居場所を突き止めねーか?」
ジオが口を開いた。
「突き止めてどうするの?」
ノエルがテーブルの一点からジオへと目の焦点を移動させた。
「決まってる。頭を踏みつけてでもユリウスの前で跪かせて、誠心誠意詫びさせるんだよ」
とんでもないことをジオは平然と言い放った。
「……そうしたいのはやまやまだけど、レネル伯爵家からは慰謝料を貰ってるし、愚かな娘をどうか許してやってくれ、危害を加えないでくれって、わざとらしく公衆の面前で叫ばれたんだよ。王家も見てる前で跪かれたら許さないわけにもいかず、父上は書類にサインもしてるんだ。下手なことをすればこっちが訴えられる。エンドリーネの名前に傷がつく」
(ああ。レネル伯爵は正しくエンドリーネ伯爵一家のことを評価していたんだ)
レネル伯爵が先手を打っていなければ、このやたらと血の気の多い親子は――特にスザンヌとノエルは――ユリウスを傷つけたエリシアを地の果てまで追いかけて血祭りにしていたことだろう。
「……面倒くせーな、貴族ってやつは」
ジオはため息をついて頭を掻いた。
「なら、オレがユリウスの護衛騎士を辞めた後でぶん殴るのも駄目か? 伯爵家に迷惑がかかる?」
「何を言い出すのよジオ。あなた、今日護衛騎士になったばかりでしょ。一時の感情で仕事を失うつもり? 馬鹿なこと言わないで」
ルーシェはジオの手を引っ張った。
「解雇されてもいーよ。それよりユリウスを傷つけたクソ女を殴りたい」
「ちょっと……」
手を振り払われたことで本気を悟り、肌が粟立つ。
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