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16:実は重度のブラコンだったり

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 伯爵邸の庭に木剣を打ち合う音が鳴り響く。

 互いに同じ木剣を持ったノエルとジオの動きは驚くほど速い。

 彼らの手元はもはや目に映らず、一秒間にどんな攻防が繰り広げられているのかもよくわからない。

 ルーシェの耳に聞こえるのは、絶え間なく響く剣戟の音だけ。

(あわわ……)
 目の前で繰り広げられる人知を超えた凄まじい戦いにすっかり萎縮して、ルーシェはセラと両手を握り合い、震えていた。

 こうしてルーシェがセラと手を繋いでいてもリュオンは何も言わない。

 共に過ごした五日を経て、彼はルーシェに敵意がないことを理解してくれたのだろう――セラがルーシェのことを大事な友人だと評してくれたのが一番大きな要因かもしれないが。

「へえ――ノエルと互角にやり合うなんて、やるじゃないの。ノエルは武芸大会でこの国の騎士団長を負かしたこともあるのに」

 ジオとノエルが手合わせをすると聞いて見物にやってきたスザンヌは口元に笑みを浮かべている。

 かつて《血染めのスザンヌ》と呼ばれた生粋の武人は獲物を前にした肉食獣のようにオレンジの瞳を爛々と輝かせ、彼らの一挙手一投足を見逃すまいとしていた。

 興奮に舌なめずりしそうな妻に対して、バートラムの気配は凪。
 彼は近づいたり離れたりして激しく木剣をぶつけ合う二人に無言で視線を注いでいる。

 十秒か、五分後か。
 ただ震えて見ていることしかできないルーシェにとっては永遠と思えるような時間が過ぎて、ようやく二人の戦いに決着がついた。

 唐突に、木剣の切っ先をノエルの首元に突き付けた格好で、ぴたりとジオが動きを止めた。

 直後、ノエルの白い右頬に出来たひっかき傷のような傷から一筋の赤い血が流れる。

 いつノエルが怪我をしたのかは不明。
 とにかく、気づいたらそうなっていた。

「――オレの勝ちだな」
 ジオはにやりと笑い、木剣を下ろしてルーシェを見た。

 この短時間でかなりの体力を消耗した証拠に彼は息を弾ませているが、汗が浮かんだその顔は得意げ。絵に描いたようなドヤ顔である。

「すごーいジオ!! 格好良い!! さすが!!」
 ルーシェは彼の期待に応えるべく全力で拍手した。

「まあなー」
 腰に手を当ててジオは嬉しそうに頬を緩めた。

「何がなんだかよくわからなかったけれど、とにかく凄かったわ。ノエル様に勝つなんて、あなた本当に強いのね」
 ルーシェの隣でセラも拍手している。

「まー、実を言うとギリギリ、紙一重だったけどな。いやー、マジで強かったわノエル。もし得意な双剣を使われてたら多分負けてた。近衛隊長っていう肩書は伊達じゃねーな。エルダークじゃ向かうとこ敵なしだったんだけど、やっぱ世の中広いわ。上には上がいるもんだなー」

 ジオはぼやくように言ってから、俯き加減に立つノエルに顔を向けた。

「キレーな顔に怪我させて悪かったな、ノエル。大丈夫――」

「――ふふ、ふふふ……」
 ノエルは肩を揺らして不気味に笑い始めた。

 え、という顔で、ジオを含むその場にいたほぼ全員が固まる。
 ただ一人、この事態を予期していたらしいユリウスは額を押さえている。

 バートラムは相変わらずの無表情で、スザンヌは「あらあら大変」と口では言いつつも、明らかに何かを期待した目でノエルを見ていた。

「かすり傷とはいえ、一対一での戦闘で怪我を負わされたのは何年ぶりかな。驚いた。君は本当に強いんだね。手加減の必要がなさそうで嬉しいよ。雑魚ばかりで退屈してたんだ――」

 ノエルは木剣を放り投げた。

 速やかに近づいてきた侍女から愛用の双剣を受け取ってすらりと抜き放つ。

 鈍く輝く刃を見て、ジオの頬が引き攣る。

「今度は真剣でやろう――どっちかが戦闘不能になるまで」

「め、目が逝ってる……」
 恐れおののいたようにジオが一歩後退した。

(ひえ……)
 ノエルの尋常ではない様子に、ルーシェとセラは再び手を取り合って震えた。

「いや、あの、ノエルさん? これはあくまで手合わせだっただろ? だからオレは乗ったわけであって、これじゃ話が違――」

「マルグリット、ジオに剣を」
 聞く耳を持たず、ノエルはさきほど自分に双剣を渡した侍女に目を向けた。

「かしこまりました」
 丸めた大きな赤い布を抱えた侍女がジオの前に進み出る。

 絨毯かと見紛うほど大きな布が開かれると、中には多種多様な武器がずらりと並んでいた。まるで武器の見本市だ。

「どうぞ好きな武器をお選びください、ジオ様」
 侍女は手のひら全体で武器を示した。
 どの武器も新品のような輝きを放っている。切れ味は抜群と見た。

「いや、かしこまるなよ!! 持ってくるなよ!! 要らねーよ!!」
 ジオはさらに後ずさり、全力で受け取り拒否。

「へえ。このぼくを相手に木剣でいいとは随分と舐めてくれる――わかった。殺すね」
 ノエルの身体から噴き出す暗黒のオーラがさらにその勢いを増す。

「違ぇし、なんでそうなる!? 何なのこいつ、話が通じねーんだけど!! まともな奴だと思ってたのに蓋を開けてみたらただの戦闘狂じゃん!! 殺し合いとかやらねーから!! どうしてもって言うならオレの不戦敗でいいから、な!? そうだそうしよう!!」

「不戦敗なんて、そんなヌルイこと許すわけな――」

「こらノエル、いい加減にしろ。殺すとか言うんじゃない」
 つかつかと歩み寄ってきたユリウスがノエルの頭に手刀を入れた。

 言葉の通じぬ狂戦士《バーサーカー》と化しているノエルは射殺しそうな目で兄を睨んだが、ユリウスは全く動じずに言い放った。

「これ以上続けるなら、お前のこと嫌いになるぞ」

 途端。

「……………えっ?」
 ノエルは激しいショックを受けたようによろめいた。
 それから、ふと気づいたように両手に持つ双剣を見下ろし、慌てて鞘に納める。

「ご、ごめんなさい兄さん……謝るから嫌いにならないで」
 泣きそうな顔でノエルが言う。

(……重度の兄想いブラコンなのかな、ノエルって)
 ルーシェの胸中に疑惑が芽生えた。

「謝る相手が違うだろう」
 ユリウスに言われたノエルは方向転換してジオに頭を下げた。

「ごめんジオ……」
 さきほどまでの気迫はどこへやら、ノエルは叱られた仔犬のように、しゅんと項垂れている。

「弟が迷惑をかけて悪いな、ジオ。ノエルは戦闘になるとたまに我を忘れることがあるんだ」
「いや、正気に戻ってくれたならいいけどさ。マジで焦った――」

 ジオたちが話す一方で。

「……スザンヌ。あの子の厄介な性質は、一体誰に似たんだろうな?」
「さあ?」
 バートラムに視線を向けられたスザンヌはとぼけて目を逸らした。
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