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12:エンドリーネ伯爵邸にて
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「――というわけで、わたしはラスファルに来たのです」
丘の上にあるエンドリーネ伯爵邸の本館サロンにて。
豪奢な長椅子に座ったルーシェは長い身の上話を終え、相手方の反応を待った。
お茶菓子や紅茶が用意されたテーブルを挟んでルーシェの対面にいるのは領主である銀髪青目のバートラム、その隣に座るのが黒髪朱眼のスザンヌ。
向かって右側の長椅子に並んで座るのがエンドリーネ伯爵夫妻の二人の息子、ユリウスとノエル。
左側の長椅子に座るのが大魔導師リュオンと伯爵の養女セラ、伯爵の客人だという少女メグ。
そして、ルーシェの左隣にはジオが座っていた。
「……なんというか……」
白皙の美貌、艶やかな銀髪を尻尾のようにひと房だけ伸ばした少年――ノエル・エンドリーネは眉間に軽く皺を寄せている。
「ああ。言いたいことはわかるぞ、ノエル」
頷いたのはノエルの兄、エンドリーネ伯爵家の嫡男ユリウス。
凛々しい顔立ちの彼は黒髪紫眼で、目の色味はルーシェよりも濃い。
「おれも驚いた」
「私も……」
リュオンの隣で控えめな声で言ったのは、まっすぐなピンクローズの髪を腰まで伸ばした美しい少女だ。
その瞳の色は銀色で、彼女の《魔力環》は銀というより白に近い。
伯爵の養女だというのに、何故か彼女――セラ・エンドリーネは他の使用人たちと同じお仕着せを着ていた。
「どうやらみんな同じ感想を抱いたようね。ではあなた、代表して言ってやってくださいな。遠慮なく」
スザンヌに促されたバートラムは困ったような顔で言った。
「……なら言うが、《始まりの魔女》の転生体とやらは総じて王子に婚約破棄される運命なのか?」
「「え?」」
ルーシェとジオは頭に疑問符を浮かべた。
古文書を読み解いたというリュオンの説明によれば、ルーシェは『天候操作』の固有魔法を持っていた魔女ベルウェザーの生まれ変わり――転生体であるらしい。
そして、伯爵の養女であるセラもまた《始まりの魔女》フリーディアの転生体。
『魔力増幅』という、全ての魔女が目の色を変えるであろう魔法が使えるセラはその力を隠すためにあえて表舞台に出ることなく、伯爵邸の侍女としてひっそり暮らしているそうだ。
セラは自分の身に起きた一部始終を話してくれた。
実はレアノールの伯爵令嬢で、双子の妹イノーラに婚約者である王子を奪われたこと。
八年前にリュオンと出会い、ラスファルの街で再会を果たし、彼の紹介によって侍女としてこの屋敷で働き始めたこと。
屋敷には猫になる魔法をかけられたユリウスがいたこと。
紆余曲折を経てリュオンと恋人同士になり、婚約したこと――
大半の女性は恋話が好きなものだが、ルーシェもその例に漏れず、なんともドラマチックなセラの話に夢中で耳を傾けた。
「素敵。二人は運命の恋人なのね」
「う、運命だなんてそんな」
真っ赤になって照れるセラは大変可愛い。
なるほどリュオンが惚れるわけである。
「それにしても、ルーシェもエルダークの王子に婚約破棄されたなんて、凄い偶然だわ。バートラム様の仰る通り、《始まりの魔女》の転生体は王子に婚約破棄される運命なのかしら?」
セラは首を捻っている。
「そんなふざけた運命があって堪るかよ。ルーシェは何もしてないのにクソ野郎に平手打ちされたんだぞ。なあリュオン、もしセラがそんな目に遭ったらどうする?」
ジオに見つめられたリュオンは首を巡らせて隣のセラを見てから、再びジオを見て口を開いた。
「殺す」
リュオンは今日の天気でも告げるような、ごく自然な口調で断言してのけた。
ジオは無言で立ち上がり、リュオンに手を差し出した。
リュオンも立ち上がってジオの手を握り返し、二人の男は頷き合った。
「兄さん。たったいま奇妙な友情が成立したようなんだけど、この二人、危険じゃない? 恋人のためなら本当に人を殺しそうだよ? 放置して大丈夫かな?」
「まあ、なんだかんだ言っても最後の一線は超えないだろう。多分……そうだといいな……」
ユリウスとノエルが何やら小声で囁き合う一方で、リュオンとジオは何事もなかったように着席した。
「ええと……ところでリュオン?」
呼び掛けると、座ったばかりのリュオンがこちらを向いた。
「答えにくい質問なら答えなくても良いんだけれど。どうしても気になるから、聞くだけ聞かせてちょうだい。どうしてあなたは魔法を使わず、メグがこの街の守護結界を張っているの?」
ぴりっ――と、サロンの空気がひりついた。
問われた当人であるリュオンとメグ、エンドリーネ伯爵夫妻は特に大げさな反応をしなかったが、セラたちは一様に驚いた顔をしている。
(やっぱり)
彼女たちの表情を見てルーシェは確信した。
「ルーシェおねーちゃん、何を言ってるの? メグは人間だよ? ほら、よく見てよ。目に《魔力環》がないでしょ?」
無垢な子どものように、メグは自分の目を指さして首を傾げた。
「ええ、だからわたしも最初は気のせいかもしれないと思ったわ。でもメグの身体からは微弱な魔力を感じるの。隠そうとしても隠しきれない魔力を。どうしてそんなことをしているのかわからないけれど、あなたは人間のふりをしている魔女よね? 恐らくは禁じられた変身魔法を自分に使っているのでしょう? セラはさっきユリウス様を猫にした魔女の名前を言わなかったけれど、犯人はあなたじゃない?」
「………………」
「一応これでも《国守りの魔女》だったから、わかるのよ。あなたの魔力は途方もなく大きい。底が知れない……あなたの本当の名前はドロシー・ユーグレース?」
ドロシー・ユーグレース。それは世界最強と謳われる魔女の名だ。
「……有名になんてなるもんじゃないわねー」
メグはがらりと口調を変えて肩を竦めた。
「お見事、正解よ。ユリウスを猫にした犯人もあたしです。でもさ、この身体でいる間はメグってことにしておいて。あたしがここにいるってバレたら面倒くさいのよ、色々と。ジオも内緒にしてといてよね」
「ああ」
「わかったわ、メグ。どうしてここにいるのか聞いてもいい?」
「んー、なんていうか。リュオンが愛してやまないセラにあたしが余計なちょっかいを出したもんだから、リュオンが本気で怒ってね。その結果、リュオンは一時的に魔法が使えない状態になったのよ。リュオンが再び魔法が使えるようになるまで、あたしは罪滅ぼしに無料奉仕してるってわけ」
「……。リュオンが頭に包帯を巻いているのはそのせいなの?」
包帯に覆われたリュオンの右目を見て言う。
「ええ。外傷を負っているわけじゃないんだけど、ある意味、彼はいま怪我人だからね。包帯を巻いとけば怪我を負ってる自覚が生まれるかなと思って、眼帯じゃなくて包帯を巻かせてるの。セラのためならどんな無茶もやりかねないからね、この子は――じゃない、この人は」
「この子?」
まるで自分がはるかに年上であるかのような物言いだ。
「気にしないで、ただの言い間違いよ。それはともかく、ルーシェとジオはこれからどうするの? ラスファルで職探しするの?」
「ええ、そのつもり。この街にはリュオンがいるのだから《国守りの魔女》――いえ、この場合は《街守りの魔女》かしら。《街守りの魔女》は必要ないでしょう?」
「そんなことはないんじゃないかしら?」
口を挟んだのは軽く身を乗り出したセラだ。
「え?」
「だって、街を守る魔女が何人いても問題はないでしょう? 前から思ってたのよ。リュオンが一人でずっと守護結界を張り続けるのは負担が大きすぎるんじゃないかしらって。他の街や王都では複数の魔女が交代制で結界を張っていると聞いたわ。ラスファルでもそうしたほうがいいと思う」
セラはそこで窺うようにバートラムを見た。
「いかがでしょう、バートラム様。リュオンの交代要員として、ルーシェを雇うのは? ルーシェはエルダークの元・《国守りの魔女》です。有事の際には非常に頼りになるでしょう」
「……ルーシェは私に仕える意思はあるか?」
考えるような顔をした後、バートラムはルーシェをひたと見つめた。
「はい。あります」
ルーシェは迷わず頷いた。
《国守りの魔女》となれるほどに大きな魔力をもって生まれたのだから、有効活用したい。
「ならば雇おう」
「ありがとうございます! 精一杯お仕えいたします!」
あっさり就職先が見つかり、ルーシェは心の中で飛び上がって喜んだ。
丘の上にあるエンドリーネ伯爵邸の本館サロンにて。
豪奢な長椅子に座ったルーシェは長い身の上話を終え、相手方の反応を待った。
お茶菓子や紅茶が用意されたテーブルを挟んでルーシェの対面にいるのは領主である銀髪青目のバートラム、その隣に座るのが黒髪朱眼のスザンヌ。
向かって右側の長椅子に並んで座るのがエンドリーネ伯爵夫妻の二人の息子、ユリウスとノエル。
左側の長椅子に座るのが大魔導師リュオンと伯爵の養女セラ、伯爵の客人だという少女メグ。
そして、ルーシェの左隣にはジオが座っていた。
「……なんというか……」
白皙の美貌、艶やかな銀髪を尻尾のようにひと房だけ伸ばした少年――ノエル・エンドリーネは眉間に軽く皺を寄せている。
「ああ。言いたいことはわかるぞ、ノエル」
頷いたのはノエルの兄、エンドリーネ伯爵家の嫡男ユリウス。
凛々しい顔立ちの彼は黒髪紫眼で、目の色味はルーシェよりも濃い。
「おれも驚いた」
「私も……」
リュオンの隣で控えめな声で言ったのは、まっすぐなピンクローズの髪を腰まで伸ばした美しい少女だ。
その瞳の色は銀色で、彼女の《魔力環》は銀というより白に近い。
伯爵の養女だというのに、何故か彼女――セラ・エンドリーネは他の使用人たちと同じお仕着せを着ていた。
「どうやらみんな同じ感想を抱いたようね。ではあなた、代表して言ってやってくださいな。遠慮なく」
スザンヌに促されたバートラムは困ったような顔で言った。
「……なら言うが、《始まりの魔女》の転生体とやらは総じて王子に婚約破棄される運命なのか?」
「「え?」」
ルーシェとジオは頭に疑問符を浮かべた。
古文書を読み解いたというリュオンの説明によれば、ルーシェは『天候操作』の固有魔法を持っていた魔女ベルウェザーの生まれ変わり――転生体であるらしい。
そして、伯爵の養女であるセラもまた《始まりの魔女》フリーディアの転生体。
『魔力増幅』という、全ての魔女が目の色を変えるであろう魔法が使えるセラはその力を隠すためにあえて表舞台に出ることなく、伯爵邸の侍女としてひっそり暮らしているそうだ。
セラは自分の身に起きた一部始終を話してくれた。
実はレアノールの伯爵令嬢で、双子の妹イノーラに婚約者である王子を奪われたこと。
八年前にリュオンと出会い、ラスファルの街で再会を果たし、彼の紹介によって侍女としてこの屋敷で働き始めたこと。
屋敷には猫になる魔法をかけられたユリウスがいたこと。
紆余曲折を経てリュオンと恋人同士になり、婚約したこと――
大半の女性は恋話が好きなものだが、ルーシェもその例に漏れず、なんともドラマチックなセラの話に夢中で耳を傾けた。
「素敵。二人は運命の恋人なのね」
「う、運命だなんてそんな」
真っ赤になって照れるセラは大変可愛い。
なるほどリュオンが惚れるわけである。
「それにしても、ルーシェもエルダークの王子に婚約破棄されたなんて、凄い偶然だわ。バートラム様の仰る通り、《始まりの魔女》の転生体は王子に婚約破棄される運命なのかしら?」
セラは首を捻っている。
「そんなふざけた運命があって堪るかよ。ルーシェは何もしてないのにクソ野郎に平手打ちされたんだぞ。なあリュオン、もしセラがそんな目に遭ったらどうする?」
ジオに見つめられたリュオンは首を巡らせて隣のセラを見てから、再びジオを見て口を開いた。
「殺す」
リュオンは今日の天気でも告げるような、ごく自然な口調で断言してのけた。
ジオは無言で立ち上がり、リュオンに手を差し出した。
リュオンも立ち上がってジオの手を握り返し、二人の男は頷き合った。
「兄さん。たったいま奇妙な友情が成立したようなんだけど、この二人、危険じゃない? 恋人のためなら本当に人を殺しそうだよ? 放置して大丈夫かな?」
「まあ、なんだかんだ言っても最後の一線は超えないだろう。多分……そうだといいな……」
ユリウスとノエルが何やら小声で囁き合う一方で、リュオンとジオは何事もなかったように着席した。
「ええと……ところでリュオン?」
呼び掛けると、座ったばかりのリュオンがこちらを向いた。
「答えにくい質問なら答えなくても良いんだけれど。どうしても気になるから、聞くだけ聞かせてちょうだい。どうしてあなたは魔法を使わず、メグがこの街の守護結界を張っているの?」
ぴりっ――と、サロンの空気がひりついた。
問われた当人であるリュオンとメグ、エンドリーネ伯爵夫妻は特に大げさな反応をしなかったが、セラたちは一様に驚いた顔をしている。
(やっぱり)
彼女たちの表情を見てルーシェは確信した。
「ルーシェおねーちゃん、何を言ってるの? メグは人間だよ? ほら、よく見てよ。目に《魔力環》がないでしょ?」
無垢な子どものように、メグは自分の目を指さして首を傾げた。
「ええ、だからわたしも最初は気のせいかもしれないと思ったわ。でもメグの身体からは微弱な魔力を感じるの。隠そうとしても隠しきれない魔力を。どうしてそんなことをしているのかわからないけれど、あなたは人間のふりをしている魔女よね? 恐らくは禁じられた変身魔法を自分に使っているのでしょう? セラはさっきユリウス様を猫にした魔女の名前を言わなかったけれど、犯人はあなたじゃない?」
「………………」
「一応これでも《国守りの魔女》だったから、わかるのよ。あなたの魔力は途方もなく大きい。底が知れない……あなたの本当の名前はドロシー・ユーグレース?」
ドロシー・ユーグレース。それは世界最強と謳われる魔女の名だ。
「……有名になんてなるもんじゃないわねー」
メグはがらりと口調を変えて肩を竦めた。
「お見事、正解よ。ユリウスを猫にした犯人もあたしです。でもさ、この身体でいる間はメグってことにしておいて。あたしがここにいるってバレたら面倒くさいのよ、色々と。ジオも内緒にしてといてよね」
「ああ」
「わかったわ、メグ。どうしてここにいるのか聞いてもいい?」
「んー、なんていうか。リュオンが愛してやまないセラにあたしが余計なちょっかいを出したもんだから、リュオンが本気で怒ってね。その結果、リュオンは一時的に魔法が使えない状態になったのよ。リュオンが再び魔法が使えるようになるまで、あたしは罪滅ぼしに無料奉仕してるってわけ」
「……。リュオンが頭に包帯を巻いているのはそのせいなの?」
包帯に覆われたリュオンの右目を見て言う。
「ええ。外傷を負っているわけじゃないんだけど、ある意味、彼はいま怪我人だからね。包帯を巻いとけば怪我を負ってる自覚が生まれるかなと思って、眼帯じゃなくて包帯を巻かせてるの。セラのためならどんな無茶もやりかねないからね、この子は――じゃない、この人は」
「この子?」
まるで自分がはるかに年上であるかのような物言いだ。
「気にしないで、ただの言い間違いよ。それはともかく、ルーシェとジオはこれからどうするの? ラスファルで職探しするの?」
「ええ、そのつもり。この街にはリュオンがいるのだから《国守りの魔女》――いえ、この場合は《街守りの魔女》かしら。《街守りの魔女》は必要ないでしょう?」
「そんなことはないんじゃないかしら?」
口を挟んだのは軽く身を乗り出したセラだ。
「え?」
「だって、街を守る魔女が何人いても問題はないでしょう? 前から思ってたのよ。リュオンが一人でずっと守護結界を張り続けるのは負担が大きすぎるんじゃないかしらって。他の街や王都では複数の魔女が交代制で結界を張っていると聞いたわ。ラスファルでもそうしたほうがいいと思う」
セラはそこで窺うようにバートラムを見た。
「いかがでしょう、バートラム様。リュオンの交代要員として、ルーシェを雇うのは? ルーシェはエルダークの元・《国守りの魔女》です。有事の際には非常に頼りになるでしょう」
「……ルーシェは私に仕える意思はあるか?」
考えるような顔をした後、バートラムはルーシェをひたと見つめた。
「はい。あります」
ルーシェは迷わず頷いた。
《国守りの魔女》となれるほどに大きな魔力をもって生まれたのだから、有効活用したい。
「ならば雇おう」
「ありがとうございます! 精一杯お仕えいたします!」
あっさり就職先が見つかり、ルーシェは心の中で飛び上がって喜んだ。
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