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11:ラスファルの魔女

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     ◆     ◆     ◆

 有能な領主が治め、国内でも三人しかいない大魔導師が街を守護し、驚異的なまでに犯罪発生率が低いラスファルに人が集まらないわけがなく。

 検問待ちの列は王都の入国審査に匹敵するほどに長かった。

 中には商人から酒を買って酒盛りを始める人もいた。

 ルーシェは列に並び、遠巻きにその様子を見ていたのだが、「ねーちゃん美人だねー」と酒癖の悪そうな中年男性に絡まれてしまった。

 お酌を頼まれたルーシェは穏やかに拒否しようしたのだが、赤ら顔の中年男性はルーシェの胸を見て鼻の下を伸ばし、あろうことかルーシェに抱きつ――こうとして、ジオに蹴り飛ばされた。 

 軽く二メートルは吹っ飛んだ中年男性を見て、やりすぎだとルーシェは諫めた。

 しかし、ジオは全然やりすぎじゃねー、元はと言えばお前が隙だらけなのが悪い、男に対してもっと警戒心を持てとルーシェに説教した。

 こっちは被害者なのに何故怒られなければならないのか。

 ルーシェは反論し、喧嘩になった。
 陽が傾く頃にようやく検問を終え、街に入っても二人の間には微妙な空気が流れていた。

(……そろそろ仲直りがしたいんだけど……)

 夕陽に照らされた街を歩きながら、ちらちらジオを見る。
 でも、大きな荷物を背負ったジオはルーシェの視線を無視している。

 彼はもう剣を佩いていない。
 この街では兵士以外の帯剣が禁止されているため、検問の際に取り上げられた。

「……まだ怒ってる?」
「まあな」
 ジオの声音は冷たい。ルーシェを見ようともしない。

(そういえば、危ないところを助けてもらったのに、わたしは彼にお礼すら言ってないわ)

 お礼どころか、また『良い子ちゃん』ぶって、人を蹴ったりしては駄目だと諌めてしまった。

 彼が不機嫌になるのも当然だ。全面的にルーシェが悪い。

「……。ジオ、聞いて。さっきは酔っ払いから助けてくれてありがとう。それから、ごめんなさい。これからはもっと気を付ける」

 ルーシェが頭を下げると、オレンジ色に染まる街並みを見ていたジオはやっとこちらを向いた。

「ああ、是非そうしてくれ。いつでもオレが守ってやれるわけじゃねーんだから、最低限、自分の身は自分で守れるようになれ。それが無理なら男には近づくな。男はみんなケダモノだと思って、常に半径二メートルの距離を保て」

「……それはちょっと難しいわね」

 ラスファルの大通りには人が多い。
 道行く全ての男性から二メートルの距離を取るなんて無理である。

「ジオがいないときは警戒心を持つと約束する。でも、男性がみんなケダモノだなんて酷い暴論よ。優しくて素敵な男性はたくさんいるでしょう? たとえば、いまわたしの目の前にいる人とか」

 旅の資金を全額出してくれた上に、道中、何度も自分を守ってくれたジオを見つめて微笑む。

 彼がいたから、ルーシェは旅の目的地に定めたラスファルの石畳を踏むことができた。

「…………。………………。あー……うん。なんかもういいや……」
 ジオは何故か遠い目をして、諦めたようなため息をついた。

「四六時中お前に張り付いて、何があってもオレが守ればいいんだな、わかった」

 ジオは手を伸ばしてルーシェの手を掴んだ。
 ドキリと胸が鳴る。

「無事目的地に着いたわけだし、まずはあそこの質屋で余計な荷物を売り払って現金に換えよう。それから『蝶々亭』を探して、今日はゆっくり休もう」

 ラスファルで宿を求めるなら『蝶々亭』が一押しだとは、馬車に山のような荷物を積んだ商人の男性が教えてくれた。

 少々値段は張るが、『蝶々亭』は料理も美味しく、清潔な寝台はふかふかで、行商人の間でも大人気の店らしい。

 他にも美味しいお店や、ラスファルの観光スポット、気になる噂話等々。
 検問待ちの列に並んでいる間に、ルーシェたちは様々な情報を仕入れていた。

「ええ。『蝶々亭』ってどんなお店なのかしら。楽しみね」
 内心ドキドキしながらも、平静を装ってジオの手を握り返す。

 換金を終えて身軽になり、質屋から出て十歩も歩かないうちにジオが足を止めた。

 自然と彼の視線を追うと、通りの端――雑貨屋の軒先の下に、右目に包帯を巻いた美青年が立っていた。

 風になびくサンディ・ブロンド。
 蒼玉の瞳には金色の《魔力環》が浮かんでいる。

 長身に羽織る濃紺のローブの長袖の下、左手首に光るのは水色の宝石が象嵌された銀の腕輪だ。

 彼が首に下げているペンダントを見て、ルーシェは瞠目した。

 金のプレートに彫刻された紋章は、彼が『大魔導師』であることを示している。

 この街を守る大魔導師の隣には十歳程度の少女がいた。

 顔の両側で三つ編みにされた黒髪。そばかすの散った頬。
 その瞳は夕陽をそのまま写し取ったかのような明るいオレンジ。

 美青年は友好的に微笑み、謎の少女と共に歩み寄ってきた。

「初めまして。私はリュオン・クルーゼ。この街の領主であるエンドリーネ伯爵に仕え、この街の守護役を務めています。こちらはメグ、エンドリーネ伯爵の客人です」

「メグです、よろしく」
 リュオンとメグは揃って頭を下げた。

(どうしてラスファルの魔女がわたしたちを出迎えるのかしら……?)
 理由はわからないが、礼を尽くされたのならば名乗るべきだ。

「初めまして、大魔導師リュオン様。エルダークから参りました、ルーシェと申します。こちらはジオ、私の友人です。よろしくお願いいたします」
 長い銀髪を垂らして深々と頭を下げる。

「よろしくお願いいたします」
 ジオもまた頭を下げた。

 さすがの彼もここで無礼を働くほど愚かではない。
 音に聞くラスファルの魔女を敵に回してしまったら、この街では生きていけない。

「やはり、貴女のお名前はルーシェなのですね。五年に渡ってエルダーク王国を守り続けた偉大なる《国守り》が、何故ラスファルを訪れたのか。理由を教えていただきたい」

 青い左目がルーシェを射抜く。
 リュオンの口調は物静かでありながら、有無を言わせぬ迫力に満ちていた。

(ああ、そうか。リュオン様はわたしが《国守りの魔女》の座を降ろされたことをご存じないのだわ)

 国一番の魔力を持つ《国守り》の魔女は、その国においての単体最強戦力といっても過言ではない。

 彼は突如として現れた他国の《国守りの魔女》を警戒し、ではなくのためにやって来たのだ。

(敵意がないことを示さなければ)
 身構えたジオの手を引き、ルーシェは慌てて言った。

「リュオン様、わたしはもう《国守りの魔女》ではないのです。二週間ほど前に解任されました。誓ってこの街を害するつもりはありません。許されるならば、平和を愛するただの一市民として、この街で静かに暮らしていきたいと思っております」
 胸に手を当ててのルーシェの言葉に、リュオンとメグは顔を見合わせた。

「……どうやら複雑な事情があるようですね。お二人とも、エンドリーネ伯爵邸へお越しください。主人がお待ちです」

 ルーシェに向き直り、リュオンはそう言った。
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