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33:この魔法は?

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 去年社交界デビューを果たした十五歳のエマ様は、秋に行われた夜会で酔っ払った大公爵に腕を掴まれ、人気のない場所に連れ出されそうになった。

 その場には親の決めた婚約者ピートもいたのだが、ピートは筆頭公爵家である大公爵の機嫌を損ねることを恐れて「何があっても君の面倒は私が見るから安心していってこい」と何の救いにもならない言葉を言った。

 ピートも誰も助けてくれず、泣きそうになっていたエマ様を助けたのがユリウス様。

 ユリウス様は巧みな話術で大公爵の気をそらし、話の最中にエマ様を逃がした。

 エマ様はユリウス様の余裕のある立ち振る舞いとその手際の良さに大感激。

 ユリウス様には確かな好意を。
 同時に、ピートには嫌悪感と不信感を抱いた。

 しかし、ピートと結婚することこそ貴族令嬢として生まれた私の使命だと自分に言い聞かせ、エマ様はユリウス様への恋心を封印し、その後もピートと交流を重ねた。

 ピートと共にユリウス様の結婚式に招待されたエマ様はユリウス様の新たな人生の始まりを祝福するつもりだった。

 ところが結婚式当日、ユリウス様の花嫁エリシアが恋人と駆け落ちするという悲劇が起こる。

 エマ様はユリウス様を心配したが、ピートは良い気味だとユリウス様を嘲笑した。

 女子供に優しく眉目秀麗なユリウス様は若い貴族女性たちの憧れの的だった。
 夜会でエマ様を救ったことでさらに評価を上げたユリウス様がピートには気に入らなかったらしい。

 その瞬間、元より枯渇しかかっていたピートに対する愛情は完全にマイナスになった。

 ピートの容姿、声、性格、仕草、癖――全てに生理的嫌悪を催し、最終的には彼の傍にいるだけで吐き気が止まらなくなったエマ様は堪らず両親に婚約破棄を訴えた。

 当然最初は突っぱねられたが、エマ様は覚悟を示すためにナイフを手に取り、己の長い髪を切り落とした。

 娘の本気を思い知った侯爵夫妻は泡を食って娘を宥め、エマ様が病気にかかったことにして婚約破棄の手続きを行った。

 病気療養という名目で侯爵邸を離れ、ここしばらく別荘で暮らしていたエマ様は結婚式直後から家に引きこもってしまったユリウス様のことをずっと気にしていた。

 しかし最近、ユリウス様が家を出て散歩するようになった。

 その噂を聞きつけたエマ様は居ても立っても居られず、侍女のベネットに頼み込んでこっそり別荘を抜け出し、ラスファルを訪れたのだという。

    ◆   ◆   ◆

 何故か「ミドナ語を教えてほしい」とノエル様に頼まれ、リュオンと一緒に授業を行ったその日の夜。

 なかなか眠れず、私はランプ片手に寝間着のまま伯爵邸の庭を歩いていた。

 頭上では星が瞬いている。

 池の傍に建てられたドーム型の東屋で、星とは異なる光が瞬いた。

 あれは、魔法を使った際に生じる金色の光だ。
 リュオンがいると判断し、足のつま先をそちらに向ける。

 東屋の真ん中に置かれた丸いテーブルに角灯《ランタン》と一冊の本を置き、椅子に座っているのはやはりリュオンだった。

 目を閉じて集中している彼の周囲では魔法陣が生まれては消えていく。

 相変わらず彼の魔法陣の構成速度は目を疑いたくなるほど早い。
 もはや魔女の限界を超えているような気がする。

 この速度で魔法陣を描ける魔女は果たして世界に何人いるだろう。

 しかし、彼の真の恐ろしさはどんな魔法であろうと無詠唱・無動作だということ。

 通常、頭に思い浮かべた魔法陣を現実のものとして展開するには陣に応じた呪文が要る。

 たとえ詠唱の省略に成功したとしても、魔法陣の展開にはちょっとした動作を紐づけるのが魔女の常識だ。

 レアノールの魔法学校で一番優秀だった魔女は指を鳴らしていた。

 でも彼はそれすらしていない。

 私の目の前にいるのは、まさしく『大魔導師』の称号に相応しい魔法の天才だった。

 私は息を詰めて魔法の光の乱舞に見惚れた。
 彼が最後に構成しようとした魔法陣は私の知らないものだった。

 魔法陣の色が異常だ。金ではなく赤。
 赤く光る魔法陣なんて見たことも聞いたこともない――この魔法は何だろう?
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