29 / 47
29:不安な朝
しおりを挟む
◆ ◆ ◆
夏空の下、小鳥たちが元気に囀っている。
私はサロンの長椅子に座ったユリウス様の後ろに立ち、少し屈んで彼の癖のある黒髪を櫛で梳いていた。
この一か月間、サロンで彼の髪を梳るのは毎朝の習慣と化していた。
理由は言わずもがな、女性に慣れてもらうためである。
最初の頃はガチガチに緊張していて顔色も真っ青。
苦手な女性が近くにいる恐怖と触られる恐怖でもはや声も上げられず、私が触れる度に猫になりかけるのを常時猫化解除魔法を発動したリュオンが防いでいた。
猫化を解除する魔法は莫大な魔力を消費する。
たとえリュオンでも絶え間なく猫化解除魔法を使うことなど不可能だったのだが、他人の魔力を増幅することができる私の存在によって不可能は可能になった。
猫化解除魔法の連続使用可能時間は十分。
十五分が限界で、それ以上使ったら多分脳が焼き切れて昏倒する、と物凄く怖いことを言われたため、十分は絶対厳守だ。
とはいえ、最近は慣れてきたらしく、この三日間私が触れてもユリウス様は猫になっていない。
向かいの長椅子に座るリュオンも猫化解除魔法は使わず、ただ見守っているだけだ。
「失礼しますね」
私が直接頭に触れてもユリウス様は人間の姿を保っている。
この分だと女性恐怖症の克服、引いては社交界復帰も近いのではないだろうか。
私は微笑みながら丁寧にユリウス様の髪を梳き、やがて櫛を下ろした。
「はい、終わりました。お疲れ様です。今日も猫になりませんでしたね。順調に記録更新中です」
ぱちぱち拍手する。
「大げさなような気もするが、ありがとう。どうやら『いまから女性に触られる』という心の準備を済ませていれば大丈夫になったようだ」
「そうだと良いんですが、単純に私に慣れただけなのかもしれません。他の女性が触っても大丈夫なのかどうか試してみたいですね。マルグリットにでも頼んでみましょうか」
そんなことを話していると、玄関の扉がノックされる音が聞こえた。
私はユリウス様に断って玄関に向かい、扉を開けた。
外に立っていたのは私と同じお仕着せを着たマルグリットだった。
「あらマルグリット、おはよう」
まるで話を聞いていたかのようなタイミングでの登場に驚きつつ、私は挨拶した。
「ええ、おはようセラ。ユリウス様とノエル様とリュオンさんはいるかしら。バートラム様がお呼びなの」
「わかったわ、三人を呼んでくるわね」
お仕着せの裾を翻した私は一抹の不安を覚えた。
この屋敷で働き始めて二か月近くになるが、バートラム様が朝から三人を呼ぶのは初めてのことだ。
何だろう……悪いことでなければ良いのだけれど。
夏空の下、小鳥たちが元気に囀っている。
私はサロンの長椅子に座ったユリウス様の後ろに立ち、少し屈んで彼の癖のある黒髪を櫛で梳いていた。
この一か月間、サロンで彼の髪を梳るのは毎朝の習慣と化していた。
理由は言わずもがな、女性に慣れてもらうためである。
最初の頃はガチガチに緊張していて顔色も真っ青。
苦手な女性が近くにいる恐怖と触られる恐怖でもはや声も上げられず、私が触れる度に猫になりかけるのを常時猫化解除魔法を発動したリュオンが防いでいた。
猫化を解除する魔法は莫大な魔力を消費する。
たとえリュオンでも絶え間なく猫化解除魔法を使うことなど不可能だったのだが、他人の魔力を増幅することができる私の存在によって不可能は可能になった。
猫化解除魔法の連続使用可能時間は十分。
十五分が限界で、それ以上使ったら多分脳が焼き切れて昏倒する、と物凄く怖いことを言われたため、十分は絶対厳守だ。
とはいえ、最近は慣れてきたらしく、この三日間私が触れてもユリウス様は猫になっていない。
向かいの長椅子に座るリュオンも猫化解除魔法は使わず、ただ見守っているだけだ。
「失礼しますね」
私が直接頭に触れてもユリウス様は人間の姿を保っている。
この分だと女性恐怖症の克服、引いては社交界復帰も近いのではないだろうか。
私は微笑みながら丁寧にユリウス様の髪を梳き、やがて櫛を下ろした。
「はい、終わりました。お疲れ様です。今日も猫になりませんでしたね。順調に記録更新中です」
ぱちぱち拍手する。
「大げさなような気もするが、ありがとう。どうやら『いまから女性に触られる』という心の準備を済ませていれば大丈夫になったようだ」
「そうだと良いんですが、単純に私に慣れただけなのかもしれません。他の女性が触っても大丈夫なのかどうか試してみたいですね。マルグリットにでも頼んでみましょうか」
そんなことを話していると、玄関の扉がノックされる音が聞こえた。
私はユリウス様に断って玄関に向かい、扉を開けた。
外に立っていたのは私と同じお仕着せを着たマルグリットだった。
「あらマルグリット、おはよう」
まるで話を聞いていたかのようなタイミングでの登場に驚きつつ、私は挨拶した。
「ええ、おはようセラ。ユリウス様とノエル様とリュオンさんはいるかしら。バートラム様がお呼びなの」
「わかったわ、三人を呼んでくるわね」
お仕着せの裾を翻した私は一抹の不安を覚えた。
この屋敷で働き始めて二か月近くになるが、バートラム様が朝から三人を呼ぶのは初めてのことだ。
何だろう……悪いことでなければ良いのだけれど。
538
お気に入りに追加
1,703
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~
ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
男爵家の次女として生まれたシエルは、姉と妹に比べて平凡だからという理由で、父親や姉妹からバカにされ、虐げられる生活を送っていた。
そんな生活に嫌気がさしたシエルは、とある計画を考えつく。それは、婚約者に社交界で婚約を破棄してもらい、その責任を取って家を出て、自由を手に入れるというものだった。
シエルの専属の執事であるラルフや、幼い頃から実の兄のように親しくしてくれていた婚約者の協力の元、シエルは無事に婚約を破棄され、父親に見捨てられて家を出ることになった。
ラルフも一緒に来てくれることとなり、これで念願の自由を手に入れたシエル。しかし、シエルにはどこにも行くあてはなかった。
それをラルフに伝えると、隣の国にあるラルフの故郷に行こうと提案される。
それを承諾したシエルは、これからの自由で幸せな日々を手に入れられると胸を躍らせていたが、その幸せは家族によって邪魔をされてしまう。
なんと、家族はシエルとラルフを広大な湖に捨て、自らの手を汚さずに二人を亡き者にしようとしていた――
☆誤字脱字が多いですが、見つけ次第直しますのでご了承ください☆
☆全文字はだいたい14万文字になっています☆
☆完結まで予約済みなので、エタることはありません!☆
悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる
冬野月子
恋愛
「私は確かに19歳で死んだの」
謎の声に導かれ馬車の事故から兄弟を守った10歳のヴェロニカは、その時に負った傷痕を理由に王太子から婚約破棄される。
けれど彼女には嫉妬から破滅し短い生涯を終えた前世の記憶があった。
なぜか死に戻ったヴェロニカは前世での過ちを繰り返さないことを望むが、婚約破棄したはずの王太子が積極的に親しくなろうとしてくる。
そして学校で再会した、馬車の事故で助けた少年は、前世で不幸な死に方をした青年だった。
恋や友情すら知らなかったヴェロニカが、前世では関わることのなかった人々との出会いや関わりの中で新たな道を進んでいく中、前世に嫉妬で殺そうとまでしたアリサが入学してきた。
【完結】私のことを愛さないと仰ったはずなのに 〜家族に虐げれ、妹のワガママで婚約破棄をされた令嬢は、新しい婚約者に溺愛される〜
ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
とある子爵家の長女であるエルミーユは、家長の父と使用人の母から生まれたことと、常人離れした記憶力を持っているせいで、幼い頃から家族に嫌われ、酷い暴言を言われたり、酷い扱いをされる生活を送っていた。
エルミーユには、十歳の時に決められた婚約者がおり、十八歳になったら家を出て嫁ぐことが決められていた。
地獄のような家を出るために、なにをされても気丈に振舞う生活を送り続け、無事に十八歳を迎える。
しかし、まだ婚約者がおらず、エルミーユだけ結婚するのが面白くないと思った、ワガママな異母妹の策略で騙されてしまった婚約者に、婚約破棄を突き付けられてしまう。
突然結婚の話が無くなり、落胆するエルミーユは、とあるパーティーで伯爵家の若き家長、ブラハルトと出会う。
社交界では彼の恐ろしい噂が流れており、彼は孤立してしまっていたが、少し話をしたエルミーユは、彼が噂のような恐ろしい人ではないと気づき、一緒にいてとても居心地が良いと感じる。
そんなブラハルトと、互いの結婚事情について話した後、互いに利益があるから、婚約しようと持ち出される。
喜んで婚約を受けるエルミーユに、ブラハルトは思わぬことを口にした。それは、エルミーユのことは愛さないというものだった。
それでも全然構わないと思い、ブラハルトとの生活が始まったが、愛さないという話だったのに、なぜか溺愛されてしまい……?
⭐︎全56話、最終話まで予約投稿済みです。小説家になろう様にも投稿しております。2/16女性HOTランキング1位ありがとうございます!⭐︎
【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください
ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。
義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。
外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。
彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。
「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」
――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。
⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎
所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜
しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。
高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。
しかし父は知らないのだ。
ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。
そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。
それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。
けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。
その相手はなんと辺境伯様で——。
なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。
彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。
それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。
天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。
壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。
欠陥姫の嫁入り~花嫁候補と言う名の人質だけど結構楽しく暮らしています~
バナナマヨネーズ
恋愛
メローズ王国の姫として生まれたミリアリアだったが、国王がメイドに手を出した末に誕生したこともあり、冷遇されて育った。そんなある時、テンペランス帝国から花嫁候補として王家の娘を差し出すように要求されたのだ。弱小国家であるメローズ王国が、大陸一の国力を持つテンペランス帝国に逆らえる訳もなく、国王は娘を差し出すことを決めた。
しかし、テンペランス帝国の皇帝は、銀狼と恐れられる存在だった。そんな恐ろしい男の元に可愛い娘を差し出すことに抵抗があったメローズ王国は、何かあったときの予備として手元に置いていたミリアリアを差し出すことにしたのだ。
ミリアリアは、テンペランス帝国で花嫁候補の一人として暮らすことに中、一人の騎士と出会うのだった。
これは、残酷な運命に翻弄されるミリアリアが幸せを掴むまでの物語。
本編74話
番外編15話 ※番外編は、『ジークフリートとシューニャ』以外ノリと思い付きで書いているところがあるので時系列がバラバラになっています。
大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです
古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。
皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。
他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。
救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。
セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。
だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。
「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」
今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる