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01:人生最悪の日

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 晴れ渡った春の青空の下、色とりどりの花弁が雨のように降っている。

 王都の沿道に詰めかけた人々は口々に祝福の言葉を叫ぶ。
 花やリボンで飾り付けられた馬車の上で手を振り、歓声に応えているのは純白の花嫁衣装に身を包んだ伯爵令嬢イノーラ・ブランシュ。

 緩やかに波打つピンクローズの髪。
 くっきりとした銀色の《魔力環》が浮かぶサファイアの瞳。
 薔薇色の唇。豊かな胸。乳白色の肌。

 その類まれなる美貌により両親の寵愛を一身に受け、見る者全てを虜にしてきたイノーラは私の双子の妹。

 女神にすら愛されているらしく、イノーラは《魔力環》を持ちながら何の魔法も使えない私とは違って、希少な神聖魔法の使い手だった。

 強大な魔力に恵まれた彼女はレアノール国全土を覆う守護結界を張り、魔獣や軍事国家ウルガルドの脅威を退けている《国守りの魔女》だ。

 ウルガルド帝国はミドナ大陸最大の大国で、その圧倒的な武力で周りの国々を滅ぼし、領土を拡大してきた。

 小国レアノールがいまだ独立を保てているのはイノーラ様のおかげだと、民は口を揃える。

 いまや《レアノールの宝石》と讃えられるほど美しく成長したイノーラは国民から絶大な人気を誇り、国王すらも礼を尽くすほどだった。

 今日の主役は、幸せに満ちた笑みを振りまく花嫁の他にもう一人。
 妹の隣で、妹そっくりの笑顔を浮かべる花婿クロード・レジア・ニコ・レアノール。

 彼はレアノールの第三王子であり、生まれながらの私の婚約者だった。
 それを妹が横から奪い取った。

 妹は昔から私のものを欲しがった。
 お気に入りの人形、ペンダント、髪飾り、リボン、靴。

 私が泣いて訴えても両親は聞く耳を持ってくれず、それどころか「お前は姉なのだから妹には優しくしろ、寛容になれ」と私を叱る始末だった。

 調子に乗った妹が私を虐げ、侍女扱いしようとも見て見ぬふり。

 十三歳で妹が《国守りの魔女》となってからは、家の内外での私の立場はより一層惨めなものとなった。

 妹の強烈なアプローチに負けたクロード王子から婚約者を妹に変更する旨を言い渡されたときも、頷く以外の選択肢は与えられなかった。

「おめでとうございます!」
「王子様、イノーラ様、お幸せにー!」

 風に舞う花びら。歓声と口笛。笑顔で手を振る二人。

 本来クロード王子の隣にいるべきは私だったはずなのに。
 たとえ魔法が使えずとも、クロード王子のために立派な淑女になれるよう努力してきたのに――全ては無駄だった。

「まさかこんなことになるなんてねえ。セレスティアも可哀想に……」
 鳴りやまない祝福の拍手の中。

 沿道の脇、高台に設けられた王侯貴族用の観覧席の一つに座っている私の耳に、ひそやかな囁き声が届いた。

 台詞の内容だけを見れば私に同情しているようだけれど、その声音には隠しきれない嘲りがある。

 自分に不利益をもたらさない他人の不幸とは実に甘露なものなのだ。

「仕方ないわよ。イノーラは《国守りの魔女》で、セレスティアは無能だもの。代々優秀な魔女を輩出してきたブランシュ家の恥よ。魔法が使えない魔女なんて何の価値もないわ」

 私はちらりと隣に座る両親を見た。
 私に聞こえているのだから、当然両親にも聞こえているはずなのに、両親が諫める気配はない。

 両親が熱心に見ているのは大勢の騎士に守られ、ゆっくりと大通りを進む馬車の上で手を振るイノーラの姿、ただそれだけ。

 母は絹のハンカチで目元を拭い、父は感極まったように目を潤ませている。
 隣で傷ついている娘のことなど一瞥もしない。

 この人たちは本当に私に関心がないのだということを痛感させられただけだった。
 私は一体、何度期待して裏切られれば気が済むのだろう。

「まあ酷い。でも、たとえイノーラと同じ神聖魔法が使えたとしても、クロード王子はセレスティアではなくイノーラを選んだでしょうね。イノーラのほうが遥かに華があって美人だもの。《国守りの魔女》と結婚したとなれば国民の求心力も得られるでしょうし、セレスティアよりイノーラのほうが良いに決まってるわ」

 ナイフのような言葉は私の心を抉り続ける。

「イノーラも凄いわよねえ。蝶よ花よと育てられたおかげか、あの子は昔から我儘な暴君で、セレスティアのものは片っ端から奪っていったでしょう? でも、まさか恋人まで奪うとは思わなかったわよ」

「セレスティアもよく結婚式に出席したわよね。見てよあれ、笑ってるわ。信じられない。一体どういう神経をしているのかしら。案外この状況を楽しんでいたりするのかしら?」

「まあ。セレスティアには随分と特殊な性癖があったのね。奪われるのがお好みだったとは予想外」
「しっ、声が大きいわ。聞こえてしまうわよ?」

 クスクスと笑い声が聞こえる。
 彼女たちのように声に出さずとも、この場にいる全員の嘲笑を肌で感じていた。

 この国にいる限り、私は永遠に社交界の笑い者になるのだろう。
 美しく有能な妹に婚約者の王子を奪われた可哀想な姉だと。

 私は仮面のような笑顔を貼り付けて妹たちに拍手を送りながら決意した。

 ――パレードが終わったら家も国も捨てよう。

 全てを捨てて、この身一つで幸せになってみせる。
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