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49:待ち人来たる
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◆ ◆ ◆
ロータムは隣国セルディアとの国境近くにあるフルーベル有数の温泉地だ。
大抵の宿が源泉から湯を引いている。その日イレーネが泊まった宿は、客引きによると『泉質が自慢の源泉かけ流し温泉宿』らしい。
星が空に輝き始めた夜。
イレーネは竹林に囲まれた部屋付きの小さな露天風呂に浸かり、目を閉じていた。
「いい湯だ……」
さわさわと揺れる竹の音を聞きながら悦に浸っていると、
「イレーネ様!!」
室内と室外を隔てる扉が物凄い勢いで開き、カミラがやってきた。
「なんだ。せっかく人が噂に違わぬ極上の温泉を堪能しているというのに、無粋だな。私はいま裸なのだぞ?」
「ご安心ください、肩までしっかり浸かられているからその玉体は見えていません、っていうかそんなことより大変なんです!! さっき王都から湯治のためにはるばるやってきたっていうおじいさんに聞いたんですけど、《花冠の聖女》が見つかったそうですよ!! しかも彼女、リナリア様っていうらしいんですけど、リナリア様は《光の樹》を蘇らせることに成功し、民衆から救国の聖女と讃えられているそうです!!」
「おやまあ」
「おやまあじゃないですよ! 私たちがあちこちふらふらしている間に王宮に先を越されてしまったじゃないですか! これじゃ私たち、フルーベル各地の郷土料理や特産品を美味しく食しながら呑気に観光してただけじゃないですか!!」
「残念ながらそういうことになってしまうな。しかし、楽しかったと思わないか? 美しい景色を見て、厳選食材に舌鼓を打つ。身も心も大いに癒される素晴らしい旅だった。おかげで蓄積していた日頃のストレスが吹き飛んだよ。いやあ、大勢の信者たちに囲まれながら清廉潔白な聖女様ぶるのも大変で」
濡れた右手を持ち上げ、首筋に浮かぶ《光の花》を揉む。
「……イレーネ様?」
頬をぴくぴく痙攣させながらカミラは顔を近づけてきた。
「あなたまさか、王都にリナリア様がいると知りながら、わざと王都から離れた辺鄙な場所を巡っていたわけではありませんよね? 『この先に聖女がいるような気がする』とか言って私を連れ回したのは、教会の意向を無視して思う存分羽を伸ばしたかったからではないですよね?」
「ああ、怒鳴られたせいか頭がクラクラしてきたな。これ以上浸かっているとのぼせてしまいそうだ」
「わあっ!」
浴槽の縁を掴み、お湯を滴らせながら立ち上がると、カミラは大急ぎで顔を背けた。
室内に入り、カミラが用意してくれていた服に袖を通す。
しばらくしてカミラが室内へと入ってきた。
「それで、これからどうするんですかイレーネ様。当然、王都に行ってリナリア様をマナリスに招致するんですよね? 聖女の保護は教会の最優先事項です」
こちらに向けられた眼差しは刺々しい。
「もちろん勧誘しに行くとも。『彼女』の到着を待ってから、明日の朝出発しよう。無手で行って半殺しにされたくはないからね」
「彼女? 半殺し? 何を言ってるんですか?」
「それより髪を乾かしてくれないか、カミラ。この服もなんだかおかしい。アシンメトリーなデザインなのだろうか」
「ボタンを掛け違えているんですよ。本当にイレーネ様は、顔が良いだけのダメ女ですよね……生活力がまるでない……」
ぶつぶつ文句を言いながらも、カミラはイレーネの服を整え、炎と風の魔法を使って髪を乾かし、丁寧に梳いてくれた。
ちょうど身支度が整ったそのとき、扉がノックされた。
「失礼致します、イレーネ様。お客様を連れて参りました」
宿の従業員の声が聞こえる。
「お客様? って、誰?」
不思議そうな顔をして、カミラは部屋の入口に向かった。
扉を開ければ、宿の従業員の隣には予想通りの人物が立っている。守護役の男性を従えた美しい女性が。
「フローラ様! 何故ここに!?」
額に《光の花》の紋章を宿したその女性を見てカミラは目を丸くし、イレーネは微笑んだ。
「やあ。待っていたよフローラ。セルディアからわざわざ来てくれてありがとう」
ロータムは隣国セルディアとの国境近くにあるフルーベル有数の温泉地だ。
大抵の宿が源泉から湯を引いている。その日イレーネが泊まった宿は、客引きによると『泉質が自慢の源泉かけ流し温泉宿』らしい。
星が空に輝き始めた夜。
イレーネは竹林に囲まれた部屋付きの小さな露天風呂に浸かり、目を閉じていた。
「いい湯だ……」
さわさわと揺れる竹の音を聞きながら悦に浸っていると、
「イレーネ様!!」
室内と室外を隔てる扉が物凄い勢いで開き、カミラがやってきた。
「なんだ。せっかく人が噂に違わぬ極上の温泉を堪能しているというのに、無粋だな。私はいま裸なのだぞ?」
「ご安心ください、肩までしっかり浸かられているからその玉体は見えていません、っていうかそんなことより大変なんです!! さっき王都から湯治のためにはるばるやってきたっていうおじいさんに聞いたんですけど、《花冠の聖女》が見つかったそうですよ!! しかも彼女、リナリア様っていうらしいんですけど、リナリア様は《光の樹》を蘇らせることに成功し、民衆から救国の聖女と讃えられているそうです!!」
「おやまあ」
「おやまあじゃないですよ! 私たちがあちこちふらふらしている間に王宮に先を越されてしまったじゃないですか! これじゃ私たち、フルーベル各地の郷土料理や特産品を美味しく食しながら呑気に観光してただけじゃないですか!!」
「残念ながらそういうことになってしまうな。しかし、楽しかったと思わないか? 美しい景色を見て、厳選食材に舌鼓を打つ。身も心も大いに癒される素晴らしい旅だった。おかげで蓄積していた日頃のストレスが吹き飛んだよ。いやあ、大勢の信者たちに囲まれながら清廉潔白な聖女様ぶるのも大変で」
濡れた右手を持ち上げ、首筋に浮かぶ《光の花》を揉む。
「……イレーネ様?」
頬をぴくぴく痙攣させながらカミラは顔を近づけてきた。
「あなたまさか、王都にリナリア様がいると知りながら、わざと王都から離れた辺鄙な場所を巡っていたわけではありませんよね? 『この先に聖女がいるような気がする』とか言って私を連れ回したのは、教会の意向を無視して思う存分羽を伸ばしたかったからではないですよね?」
「ああ、怒鳴られたせいか頭がクラクラしてきたな。これ以上浸かっているとのぼせてしまいそうだ」
「わあっ!」
浴槽の縁を掴み、お湯を滴らせながら立ち上がると、カミラは大急ぎで顔を背けた。
室内に入り、カミラが用意してくれていた服に袖を通す。
しばらくしてカミラが室内へと入ってきた。
「それで、これからどうするんですかイレーネ様。当然、王都に行ってリナリア様をマナリスに招致するんですよね? 聖女の保護は教会の最優先事項です」
こちらに向けられた眼差しは刺々しい。
「もちろん勧誘しに行くとも。『彼女』の到着を待ってから、明日の朝出発しよう。無手で行って半殺しにされたくはないからね」
「彼女? 半殺し? 何を言ってるんですか?」
「それより髪を乾かしてくれないか、カミラ。この服もなんだかおかしい。アシンメトリーなデザインなのだろうか」
「ボタンを掛け違えているんですよ。本当にイレーネ様は、顔が良いだけのダメ女ですよね……生活力がまるでない……」
ぶつぶつ文句を言いながらも、カミラはイレーネの服を整え、炎と風の魔法を使って髪を乾かし、丁寧に梳いてくれた。
ちょうど身支度が整ったそのとき、扉がノックされた。
「失礼致します、イレーネ様。お客様を連れて参りました」
宿の従業員の声が聞こえる。
「お客様? って、誰?」
不思議そうな顔をして、カミラは部屋の入口に向かった。
扉を開ければ、宿の従業員の隣には予想通りの人物が立っている。守護役の男性を従えた美しい女性が。
「フローラ様! 何故ここに!?」
額に《光の花》の紋章を宿したその女性を見てカミラは目を丸くし、イレーネは微笑んだ。
「やあ。待っていたよフローラ。セルディアからわざわざ来てくれてありがとう」
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