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28:王城にて(2)

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(やってみせる。私は皆が理想とする聖女を演じ切ってみせるわ。たとえ国王相手だろうと媚びず、へつらわず、これが当たり前のような顔をして堂々と振る舞うの)

 怯えも迷いも捨て去り、リナリアは背中を伸ばした。
 大丈夫かなという顔でこちらを見ていたイザークが不意に笑った。リナリアの顔つきが変わったのを確認して安心したらしい。

「行くぞ」
「はい。行きましょう」
 イザークが頷くと、左右に立つ兵士が同時に扉を押し開き、目も眩むほど煌びやかな空間が広がった。

 部屋の入り口から玉座まで続く絨毯。
 頭上には大きなシャンデリアが燦然と輝く。

 さらにその上、高い天井に描かれているのは女神マナリス。
 マナリスは両手を広げ、慈愛に満ちた微笑を浮かべていた。

 玉座には国王テオドシウスと第二王妃ロアンヌ。
 彼らの前には第二王子ウィルフレッド、他にも恰幅の良い大臣たちや法衣を着た宮中神官長、そして、大きな鉢植えを抱えた騎士がいた。

「…………」
 錚々たる顔ぶれに、リナリアはごくりと唾を飲み込んだ。

 イザークとエルザは緊張した様子もなく、赤い絨毯の上を歩いて行く。

 リナリアはすうっと息を吸い、足を踏み出した。
 腹の上に手を重ね、長いドレスの裾を美しく捌き、滑るような足運びで彼らに付き従う。

 ほう、これは、という感心の声がちらほらと聞こえた。
 バークレイン公爵邸で礼儀作法の復習はした。
 リナリアだって、ただ呑気に遊び惚けていたわけではないのだ。

「陛下。ご下命に従い、我が妹にして聖女であるリナリア・バークレインを連れて参りました」
 イザークは段の前まで行くと、左胸に手を当てて深く一礼し、跪いた。
 リナリアとエルザも同じように一礼し、跪く。
 隣でエルザがそつのない口上を述べているが、緊張のせいで全く頭に入ってこない。

「リナリア・バークレイン。面を上げよ」
 金髪に白髪を混じらせた、厳格そうな顔立ちの国王に言われて、リナリアは顔を上げた。

「偉大なるフルーベル国王陛下。この度は拝謁を賜り、恐悦至極に存じます」
「挨拶は良い。私が知りたいのは、そなたが真の聖女であるか否かだ。これまでに何度も聖女を名乗る不届き者は現れたが、全て見せかけだけの偽者だった」
 リナリアの左手の甲を見ながらテオドシウスが言う。

 リナリアの手の甲には淡く光り輝く《光の花》の紋章が浮かんでいるが、これは魔法で偽装することができるため、確たる証拠にはならない。

「陛下。真実を明らかにするためにも、いまこの場で聖女としての力を示していただきましょう」
 桃色の唇を割って発言したのは第二王妃ロアンヌ。

 彼女はエルザと同じ華やかな雰囲気を持つ絶世の美女だった。
 金髪の巻き毛。菫色の双眸。その身に纏うのは紺碧色のドレス。

 国王の隣に座る彼女は天井に描かれた女神の如き優しい微笑みを浮かべていた。

 エルザはロアンヌか、あるいはその支持者がイスカを魔物に変えた犯人だと推測していたが、彼女からは悪意を全く感じられない。
 それとも上手く隠しているだけなのだろうか。

「そうだな。騎士サリオン、前に出よ」
「はっ」
 国王が視線を向けると、鉢植えを抱えた黒髪赤目の騎士が玉座の前へ進み出た。
 鉢植えに植えられているのはこの国で改良されたフルーベル薔薇だ。開花時期には早いため、まだ蕾すらついていない。

「そなたが真の《花冠の聖女》であるならば、我が国の国花であるフルーベル薔薇を咲かせることができるはず。歌え、リナリア」

「かしこまりました」
 リナリアは立ち上がった。
 この場にいる全員の視線を一身に浴びながら、大きく息を吸う。

 ――歌い出した途端、全員の顔つきが変わった。

 目を見開く者、口をあんぐりと開ける者、感極まって涙を流し始める者。
 反応は様々だが、とにかく全員が感動しているのは確実だった。

(どうか、お願い。咲いて。私は愛する人を助けたいの――)

 三十秒ほどは何も起きなかった。
 しかし、諦めることなくリナリアが願い、歌い続けると、フルーベル薔薇は成長して蕾をつけ、大輪の赤い花を咲かせた。
 一輪の花が咲いたのをきっかけに、次々と花開いていく。

「おお……!」
 誰かが感嘆する声が聞こえる。
 花が咲いた時点で歌を止めても良かったのだが、周囲の情熱的な眼差しに促されるままリナリアは歌い続けた。

 高く、高く、高く高く高く!

 リナリアの声はどこまでも高く伸びていき……やがて歌い終え、口を閉じた。

 直後、割れんばかりの拍手を贈られ、リナリアは優雅に一礼した。

 もはや誰一人、リナリアが聖女であることを疑う者はいない。
 歌を歌う前と後では、リナリアを見る目が全員変わっていた。

 高座にいる国王夫妻はいまも惜しみなく拍手してくれている。
 エルザとイザークは多大なプレッシャーに打ち勝って奇跡を起こした義理の妹を誇らしげに見ていた。

「見事だ。実に素晴らしい歌であった。余を含め、この場にいる者全てが奇跡の証人となった。もはや疑う余地はないな、レムロット」
 テオドシウスは法衣を着た宮中神官長に目を向けた。
 
「はい。女神マナリスの名において認めましょう。リナリア・バークレインは《花冠の聖女》であると!」
「ありがとうございます」
 リナリアはもう一度頭を下げ、それからまた跪いた。

「聖女リナリアよ。そなたに頼みがある。『光の樹』を蘇らせてほしい」
「かしこまりました。誠心誠意努めてまいります」
「うむ。この二百年、誰にも成し得なかった偉業を成し遂げた暁には褒美を与えよう。そなたの思うがまま願いを叶えようではないか」

(やった!!)
 リナリアの目は歓喜に輝き、ロアンヌの微笑はわずかに崩れた。大臣の中にも動揺を表す者がいる。

「ありがとうございます、殿下。いまのお言葉、決してお忘れになりませぬようお願い申し上げます」
「陛下――」
 リナリアが褒美に何をねだるのかわからず、危機感を覚えたらしいロアンヌが何か言うよりも早く。

「へ、陛下! 大変です、どうかあちらをご覧ください!!」
 宰相らしき恰幅の良い男性が視線で謁見の間の入り口を示し、大臣たちが一斉にそちらを見た。

「おお!」
「なんということだ……」
 驚き顔で呟いたのは中性的な顔立ちの金髪碧眼の王子ウィルフレッド。彼の癖のある髪質はロアンヌに良く似ている。

 リナリアが振り返ると、国王夫妻や大臣たちが驚愕して見つめる先――謁見の間の入り口にはイスカが立っていた。
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