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25:穏やかな午後を君と

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「失礼いたします、セレン様。体調はいかがでしょうか?」

 昼食後。
 ユマに「いまなら会話できそうです」と聞いたリナリアは自分の部屋に戻ることなく、食堂からセレンの部屋へと直行した。

 昼間の陽光が差し込む部屋には先客がいた。イスカとエルザだ。
 二人はベッドの脇に椅子を並べて座っていた。
 どうやら三人で楽しくお喋りしていたらしい。

「心配してくれてありがとう。大丈夫だよ。この通り、今日はとても体調が良いんだ。きっとイスカや皆と会えたからだね」
 セレンはリナリアを歓迎するように微笑んでいる。

 その顔色は相変わらず青白い。
 ベッドから下りられず、背中にクッションを敷いて座っている状態でも『とても体調が良い』らしい。

「それは良かったです」
 努めて微笑み、近づくと、イスカが椅子を譲ってくれた。礼を述べて椅子に座る。

「昨日――いや、日付としては今日か。今日は驚かせてすまなかったね。君の歌があまりにも素晴らしかったから、つい興奮してしまった」
 セレンは苦い笑みを零し、すぐに微笑みへと切り替えた。

「君にはお礼を言いたかったんだ。魔物に姿を変えられてしまったイスカを助け、ここまで連れて来てくれて本当にありがとう。君と出会わなければイスカは今頃どうなっていたことか……」
「いえいえ、そんな。私のほうこそ、イスカ様には感謝しているんです」
 これまでの経緯を話すと、セレンは興味深そうに耳を傾けた。

「そうか。イスカが一方的に救われたとばかり思っていたけれど、イスカに救われたのはリナリアも一緒だったのか。互いが心の支えだったんだね」
「はい。イスカ様のおかげで頑張れました」
「それはこっちの台詞だけどな」
「いえ、私のほうが助かったんですよイスカ様」
「いや、お前がいなきゃおれはいまでも魔物として森をさまよって――」
「ふふ。君たちは本当に仲が良いんだねえ。愛が伝わってくるよ」
 言い合っていると、セレンは堪えきれなくなったように口元に手をやって、くすくす笑った。

 外見は非常に良く似ていても、やはりイスカとは別人なのだと実感する。
 こんな上品な笑い方は、イスカは絶対しない。

「ええ、セレン様。聞いてくださいませ。この二人ときたら、隙あらば抱き合っておりますのよ。わたくし、この目で見ましたもの」
 エルザが上体を寄せてセレンに耳打ちした。

 本当? という顔でセレンに見つめられて、リナリアは真っ赤になった。

「隙あらばなんて、そんなことありませんよっ!? エルザ様、セレン様に嘘を吹き込むのは止めてください! イスカ様と抱き合ったのはエルザ様に目撃されたときだけです! あれから抱き合ったりはしてませ――」
「でもあなた、魔物の姿のイスカ様を抱きしめたりキスしたり添い寝したりその他諸々したんでしょう? ユマに洗いざらい聞きましたのよ」

「あ! ああああれは!! 完全に魔物だと思っていたから! まさか人間だとは思わなかったから! 私だって、相手が魔物ではなく人間の王子様だと知っていたらそんなことしませんでしたよ!」
「ですって、イスカ様。魔物で良かったですわね」
「ああ。役得ってやつだな。一年も魔物としてさまよってたんだ、あれくらいのご褒美がなきゃ割に合わないよな」

「……もうっ!!」
 リナリアが照れ隠しにむくれてみせると、やり取りを見ていたセレンがまた笑った。

「ふふ。イスカにこんなに可愛らしい恋人ができて良かったよ。本当に……」
 それきり、セレンは思案顔で黙り込んでしまった。

「セレン?」
「……イスカ。本当に私の代わりに王宮に行くつもりなのか?」
 不安げに顔を覗き込んだ弟の目をまっすぐに見つめてセレンが訊いた。

 イスカは今夜、イザークの手を借りて王宮に行く。
 イスカではなく、セレンとして。

  そしてリナリアは明日、陽が上ってからエルザと共に王宮へ行く手はずになっていた。
《花冠の聖女》が王宮に行くと何故かセレンが回復し、セレンは聖女に礼を述べて跪く。

《花冠の聖女》に癒しの力はないが、そのほうが演出としては効果的だし、より聖女の神秘性と価値が高まるだろうということで、そういう筋書きになった。

「ああ。先に言っとくが『そんなことしなくていい。臥せるばかりで何の役にも立たないのに国民の血税を浪費して十七年も生きたんだからもう十分だ。どうか私のことは見捨ててリナリアと自由に生きて欲しい。イスカが幸せなら私はそれで満足だ』とか言ったらぶん殴るからな?」
 イスカは右手を握り、作った拳を掲げてみせた。
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