日曜日の紅茶と不思議な猫。

星名柚花(恋愛小説大賞参加中)

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42:満天の星の下(4)

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「あいつ、また余計なことを」
「あ、ごめん。言いたくないことだったらいいの。無神経だったかな。ごめん」
 平謝りすると、「そんなんじゃないよ」と高坂くんが苦笑する気配がした。
「……白雪先輩って、付き合ってた彼女と似てるんだよね。なんというか、雰囲気が」
 すみません、知ってます。
 自分から振った話題だというのに、罪悪感で胃がぎりぎりと痛んだ。

「その子から告白されて付き合い始めたんだけど。二ヶ月も持たなかった。別れ際に、その子に言われたんだ。俺の優しさは残酷だって。好きじゃないのに、心がないのに、ただ彼女だからという理由で優しくされても、寂しくなるだけなんだって」
 高坂くんは声のトーンを落として語った。

「前に母親が美容師だって言っただろ? 渋谷駅で迷子になってたとき、弟が椅子から落ちたことがあるって話もしたよな」
「うん」
「母親も弟も、実はもういないんだ。俺が小学五年のときに交通事故で亡くなった」
「え」
 私は息を呑んだ。
 母親が美容師だという話をしたとき、彼は妙なところで言葉に詰まっていた。
 とっさに私を気を遣わせないように、過去形にしないようにしたんだ。

「それから俺は叔母さんの家に引き取られたんだ。あの家族には良くしてもらったよ。でも、どこかで遠慮してしまって、薄皮一枚隔てたような関係しか築けなかった。邪魔だと思われないようにしよう、良い子にしようって、無意識に自分を抑えちゃってさ。気づいたら俺は偽善者になってた」
 月の浮かぶ湖畔を眺めて、高坂くんは静かに語る。

「中学のときも、俺は先生や友達から『優等生』扱いされた。良い人だって皆が言った。でも、その言葉は重かった。俺は人から好かれる打算ばかり働かせてる嫌な奴なのに。全然良い奴じゃない。きっと付き合ってた子は俺のそんな浅ましさを見抜いて嫌気がさしたんだ。当たり前だよな。こんな空っぽの人間」
「…………」
 自嘲するような言葉に、何を言えば良いのかわからなかった。

 人一倍寂しい思いをしてきた、ミヤビの言った言葉の意味がいまならわかる。彼はお母さんと弟さんを亡くして、寂しかったんだ。雨の日に桜を見上げていたのは、家族と一緒に行ったお花見のときのことでも思い出していたのかな。

 胸の奥がつんと痛む。
 偽善者。良心や本心からの行いではなく、利己心から人に優しくしたり、善良な行為をする人。世間的には偽善者というと、嘘つきのように、かなり嫌われる部類に入る言葉なのだろう。

 でも。それでも、だ。
「……偽善ってそんなに悪いことかなぁ?」
 私の言葉に、黙り込んでいた高坂くんは顔を上げた。暗闇の中では彼の表情もあまりよく見えないけれど、私は彼を見つめて言った。
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