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27:雨の公園で(4)

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「ある日、ノエルが吐いたとき、思いっきり蹴っ飛ばされたらしい」
「は!?」
 私は目を剥いた。
 猫を全力で蹴飛ばす人間がこの世に存在すること自体が信じがたく、許せない。

「猫に暴力を働くなんて最低! そんな人に動物を飼う資格なんてないよ!」
「だよな」
 同意した高坂くんも辛そうだった。
 彼の表情を見て、まくしたてようとしていた言葉を飲み込む。握り締めた手の爪が皮膚に食い込んで痛い。
 でも、それくらいしないと憤激は収まりそうになかった。

「半狂乱になった飼い主にボコボコにされて、命からがら逃げたノエルを保護したのがミヤビ。初めて会ったときのノエルは可哀想だったよ。俺の一挙一動に怯えてた。じーっと部屋の隅っこで俺を見てるから、緊張感も半端なかったな。ミヤビのフォローもあって、どうにか一緒に暮らしてきたけど、どう接したらいいのかわからなくて悩んだよ」
「……どうやってノエルくんとの距離を縮めたの?」
 高坂くんの表情を見ていると、激情は冷めていった。

 向かいから歩いてきた人に道を譲るため、いったん彼の後ろに移動してから、再び隣に並んで訊く。人間から虐待を受けた猫がそう簡単に心を開くとは思えない。

「きっかけはノエルが吐いたときの対応じゃないかな」
「どんな?」
「……。いや、自分で言うのは恥ずかしいから」
 高坂くんは気まずそうに手を振った。察するに、吐いた猫を咎めず、優しく接したんだろう。彼がどうやって一匹の猫の心を開かせたのか、興味はあったけれど。
 私は気持ちを切り替えて、微笑んだ。

「そっか。でも、とにかく良かった。ノエルくんがいま、幸せそうで。飼ってるのが高坂くんなら、これからも安心だよね」
「そう?」
「うん。高坂くんは優しい、いい人だもの。安心だよ」
 私の言葉に、高坂くんは困ったような顔をした。

「……あ、そうだ、髪。俺の言ったとおりにしたんだ」
「あ、うん」
 私は急な話題の転換に戸惑いつつも、左手で髪に触れた。ポニーテイルにしてまとめている髪。
「思った通り、可愛いね」
「……ありがとう」
 ああ、すみません。わかりました。面と向かって褒められると、どういう反応をすればいいか困りますね。

 笑った彼の表情が、してやったりと言っているようで、私は恥ずかしさと同時にほんの少しの悔しさを覚えた。

「クラスは離れたね。いままでの因果からして隣の席かと思ったけど、外れた」
「うん」
 いつの間にか、私たちが住むアパートはすぐそこだった。もう視界に入ってきている。
「ちょっと残念」
 それは、ただ、何の気なしに口をついて出た言葉だったけれど。
「俺も」
 聞こえてきた声に、私は隣を見た。
 高坂くんは、何か? という顔をしている。肯定したことに、特に深い意味はないらしい。いや、あっても困るけど。……困るのかな?
 悩んでいる間に、アパートに着いた。廊下を歩いて、並んだ扉の前に立つ。

「それじゃ、また」
「うん、またね」
 高坂くんは一足先に自分の部屋へと入っていった。
 ぱたんと目の前で扉が閉まる。
 それを見てから、私は肺に溜まっていた空気を長く吐き出した。

 ――ちょっと残念。
 さきほど聞いた言葉が頭の中でリフレインする。
 まさか、肯定されるとは思わなかったな。
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