27 / 44
27:雨の公園で(4)
しおりを挟む
「ある日、ノエルが吐いたとき、思いっきり蹴っ飛ばされたらしい」
「は!?」
私は目を剥いた。
猫を全力で蹴飛ばす人間がこの世に存在すること自体が信じがたく、許せない。
「猫に暴力を働くなんて最低! そんな人に動物を飼う資格なんてないよ!」
「だよな」
同意した高坂くんも辛そうだった。
彼の表情を見て、まくしたてようとしていた言葉を飲み込む。握り締めた手の爪が皮膚に食い込んで痛い。
でも、それくらいしないと憤激は収まりそうになかった。
「半狂乱になった飼い主にボコボコにされて、命からがら逃げたノエルを保護したのがミヤビ。初めて会ったときのノエルは可哀想だったよ。俺の一挙一動に怯えてた。じーっと部屋の隅っこで俺を見てるから、緊張感も半端なかったな。ミヤビのフォローもあって、どうにか一緒に暮らしてきたけど、どう接したらいいのかわからなくて悩んだよ」
「……どうやってノエルくんとの距離を縮めたの?」
高坂くんの表情を見ていると、激情は冷めていった。
向かいから歩いてきた人に道を譲るため、いったん彼の後ろに移動してから、再び隣に並んで訊く。人間から虐待を受けた猫がそう簡単に心を開くとは思えない。
「きっかけはノエルが吐いたときの対応じゃないかな」
「どんな?」
「……。いや、自分で言うのは恥ずかしいから」
高坂くんは気まずそうに手を振った。察するに、吐いた猫を咎めず、優しく接したんだろう。彼がどうやって一匹の猫の心を開かせたのか、興味はあったけれど。
私は気持ちを切り替えて、微笑んだ。
「そっか。でも、とにかく良かった。ノエルくんがいま、幸せそうで。飼ってるのが高坂くんなら、これからも安心だよね」
「そう?」
「うん。高坂くんは優しい、いい人だもの。安心だよ」
私の言葉に、高坂くんは困ったような顔をした。
「……あ、そうだ、髪。俺の言ったとおりにしたんだ」
「あ、うん」
私は急な話題の転換に戸惑いつつも、左手で髪に触れた。ポニーテイルにしてまとめている髪。
「思った通り、可愛いね」
「……ありがとう」
ああ、すみません。わかりました。面と向かって褒められると、どういう反応をすればいいか困りますね。
笑った彼の表情が、してやったりと言っているようで、私は恥ずかしさと同時にほんの少しの悔しさを覚えた。
「クラスは離れたね。いままでの因果からして隣の席かと思ったけど、外れた」
「うん」
いつの間にか、私たちが住むアパートはすぐそこだった。もう視界に入ってきている。
「ちょっと残念」
それは、ただ、何の気なしに口をついて出た言葉だったけれど。
「俺も」
聞こえてきた声に、私は隣を見た。
高坂くんは、何か? という顔をしている。肯定したことに、特に深い意味はないらしい。いや、あっても困るけど。……困るのかな?
悩んでいる間に、アパートに着いた。廊下を歩いて、並んだ扉の前に立つ。
「それじゃ、また」
「うん、またね」
高坂くんは一足先に自分の部屋へと入っていった。
ぱたんと目の前で扉が閉まる。
それを見てから、私は肺に溜まっていた空気を長く吐き出した。
――ちょっと残念。
さきほど聞いた言葉が頭の中でリフレインする。
まさか、肯定されるとは思わなかったな。
「は!?」
私は目を剥いた。
猫を全力で蹴飛ばす人間がこの世に存在すること自体が信じがたく、許せない。
「猫に暴力を働くなんて最低! そんな人に動物を飼う資格なんてないよ!」
「だよな」
同意した高坂くんも辛そうだった。
彼の表情を見て、まくしたてようとしていた言葉を飲み込む。握り締めた手の爪が皮膚に食い込んで痛い。
でも、それくらいしないと憤激は収まりそうになかった。
「半狂乱になった飼い主にボコボコにされて、命からがら逃げたノエルを保護したのがミヤビ。初めて会ったときのノエルは可哀想だったよ。俺の一挙一動に怯えてた。じーっと部屋の隅っこで俺を見てるから、緊張感も半端なかったな。ミヤビのフォローもあって、どうにか一緒に暮らしてきたけど、どう接したらいいのかわからなくて悩んだよ」
「……どうやってノエルくんとの距離を縮めたの?」
高坂くんの表情を見ていると、激情は冷めていった。
向かいから歩いてきた人に道を譲るため、いったん彼の後ろに移動してから、再び隣に並んで訊く。人間から虐待を受けた猫がそう簡単に心を開くとは思えない。
「きっかけはノエルが吐いたときの対応じゃないかな」
「どんな?」
「……。いや、自分で言うのは恥ずかしいから」
高坂くんは気まずそうに手を振った。察するに、吐いた猫を咎めず、優しく接したんだろう。彼がどうやって一匹の猫の心を開かせたのか、興味はあったけれど。
私は気持ちを切り替えて、微笑んだ。
「そっか。でも、とにかく良かった。ノエルくんがいま、幸せそうで。飼ってるのが高坂くんなら、これからも安心だよね」
「そう?」
「うん。高坂くんは優しい、いい人だもの。安心だよ」
私の言葉に、高坂くんは困ったような顔をした。
「……あ、そうだ、髪。俺の言ったとおりにしたんだ」
「あ、うん」
私は急な話題の転換に戸惑いつつも、左手で髪に触れた。ポニーテイルにしてまとめている髪。
「思った通り、可愛いね」
「……ありがとう」
ああ、すみません。わかりました。面と向かって褒められると、どういう反応をすればいいか困りますね。
笑った彼の表情が、してやったりと言っているようで、私は恥ずかしさと同時にほんの少しの悔しさを覚えた。
「クラスは離れたね。いままでの因果からして隣の席かと思ったけど、外れた」
「うん」
いつの間にか、私たちが住むアパートはすぐそこだった。もう視界に入ってきている。
「ちょっと残念」
それは、ただ、何の気なしに口をついて出た言葉だったけれど。
「俺も」
聞こえてきた声に、私は隣を見た。
高坂くんは、何か? という顔をしている。肯定したことに、特に深い意味はないらしい。いや、あっても困るけど。……困るのかな?
悩んでいる間に、アパートに着いた。廊下を歩いて、並んだ扉の前に立つ。
「それじゃ、また」
「うん、またね」
高坂くんは一足先に自分の部屋へと入っていった。
ぱたんと目の前で扉が閉まる。
それを見てから、私は肺に溜まっていた空気を長く吐き出した。
――ちょっと残念。
さきほど聞いた言葉が頭の中でリフレインする。
まさか、肯定されるとは思わなかったな。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
タカラジェンヌへの軌跡
赤井ちひろ
青春
私立桜城下高校に通う高校一年生、南條さくら
夢はでっかく宝塚!
中学時代は演劇コンクールで助演女優賞もとるほどの力を持っている。
でも彼女には決定的な欠陥が
受験期間高校三年までの残ります三年。必死にレッスンに励むさくらに運命の女神は微笑むのか。
限られた時間の中で夢を追う少女たちを書いた青春小説。
脇を囲む教師たちと高校生の物語。
クルーエル・ワールドの軌跡
木風 麦
青春
とある女子生徒と出会ったことによって、偶然か必然か、開かなかった記憶の扉が、身近な人物たちによって開けられていく。
人間の情が絡み合う、複雑で悲しい因縁を紐解いていく。記憶を閉じ込めた者と、記憶を糧に生きた者が織り成す物語。

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち
鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。
心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。
悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。
辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。
それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。
社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ!
食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて……
神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!
放課後はネットで待ち合わせ
星名柚花
青春
【カクヨム×魔法のiらんどコンテスト特別賞受賞作】
高校入学を控えた前日、山科萌はいつものメンバーとオンラインゲームで遊んでいた。
何気なく「明日入学式だ」と言ったことから、ゲーム友達「ルビー」も同じ高校に通うことが判明。
翌日、萌はルビーと出会う。
女性アバターを使っていたルビーの正体は、ゲーム好きな美少年だった。
彼から女子避けのために「彼女のふりをしてほしい」と頼まれた萌。
初めはただのフリだったけれど、だんだん彼のことが気になるようになり…?
瞬間、青く燃ゆ
葛城騰成
ライト文芸
ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。
時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。
どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?
狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。
春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。
やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。
第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作
【完結】カワイイ子猫のつくり方
龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。
無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる