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19:ありがとうを言いたくて(2)
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「高坂くん!」
ちょうど玄関に入り、扉を閉めようとしていた彼に声をかける。扉が閉まりきる寸でのところで高坂くんは私の声に気づき、扉を開けてくれた。
「なに。どうしたの」
お礼を言わなきゃと焦っていた私の様子が、切羽詰っているように見えたらしく、高坂くんは目を瞬いた。扉を閉め、廊下に出てきてくれる。
彼の右手には近くのスーパーのマークが入ったビニール袋が下げられていた。透明なビニール袋に包まれた、スティック状のチョコパンが見える。それとカップラーメン。
お節介かもしれないけど、これが主食だというなら、彼の食生活が非常に心配だ。高坂くんは明らかに標準体重よりも軽いし、改めて見ると顔色もあまりよろしくない。
「あ、えっと、いきなりごめんね。お礼を言いたかっただけなの。昨日、ううん、正確には今日になるけど、ミヤビちゃんとノエルくんを遣わせてくれてありがとう」
アパートの廊下で大声を出すのはマナー違反なので、小声でお礼を言い、軽く頭を下げる。
「ああ、なんだ。どういたしまして。正直に言うと、余計なお世話だったかなって不安だったから、良かった」
安堵したように表情を緩めた高坂くんに、私はかぶりを振った。
「ううん。余計なお世話なんかじゃないよ。誰かに気に掛けてもらえるのは、嬉しいことだもの。もしあのとき私が寝てたとしても、きっと変わらずに喜んでたよ」
飼い猫に隣人の様子を見に行かせるという行為には、やりすぎだとか、お節介だとか、そんな非難もあるかもしれない。
でも、その前提には私の心配があるんだ。
だったらどうして、彼の行為に感謝こそすれ、非難なんてできるだろう。
非難や嫌われることを覚悟してでも人を思いやって、それを行動で示すことができる彼を、私は素直に尊敬する。
「そっか。ミヤビに怒られた甲斐があった」
高坂くんは嬉しそうな顔をした。
和やかな空気になったところで、私は話題を変えた。どうしても彼の手荷物が気になってしまう。
「……ところで、それ、今日の夕食?」
ビニール袋を視線で示すと、高坂くんはなんだか気まずそうな顔をした。親にちょっとした悪戯を咎められた子どものようだった。自分でも少々寂しい食事だと思っているのかもしれない。
「自炊って面倒くさいじゃん。光熱費を考えるとスーパーで値引きの弁当を買ったりしたほうが安いしさ」
言い訳めいたことを口にする彼。
「うん、わかるけど、ちゃんと食べないと身体に悪いよ? ただでさえ高坂くん、痩せすぎだと思うし。顔色もあんまり良くないし……ずばり聞くけど、引っ越してきてからお米炊いたことある?」
私の視線から逃げるように、高坂くんは目を逸らした。
ひょっとして三日間、まともなご飯を食べていないのだろうか。栄養士の資格を持つ母から、きちんとバランスの良い食事をするように言われてきた私にとって、これは由々しき事態である。髪質はお母さん譲りだけど、痩せた人や動物を見過ごせないのは、おばあちゃん譲りかもしれない。
「……もし良かったら、なんだけど」
提案には勇気が必要だった。同年代の男子を自分から家に誘った経験なんて、かつて一度もない。それでも、この提案が正しいと信じて言う。
「今日はカレーを作ったんだ。猫ちゃんたちにはカニかまも買ってあるし、昨日のお礼に、一緒に食べない?」
「え。いいの?」
「悪かったら誘わないよ」
戸惑う高坂くんに、私は笑ってみせた。
ちょうど玄関に入り、扉を閉めようとしていた彼に声をかける。扉が閉まりきる寸でのところで高坂くんは私の声に気づき、扉を開けてくれた。
「なに。どうしたの」
お礼を言わなきゃと焦っていた私の様子が、切羽詰っているように見えたらしく、高坂くんは目を瞬いた。扉を閉め、廊下に出てきてくれる。
彼の右手には近くのスーパーのマークが入ったビニール袋が下げられていた。透明なビニール袋に包まれた、スティック状のチョコパンが見える。それとカップラーメン。
お節介かもしれないけど、これが主食だというなら、彼の食生活が非常に心配だ。高坂くんは明らかに標準体重よりも軽いし、改めて見ると顔色もあまりよろしくない。
「あ、えっと、いきなりごめんね。お礼を言いたかっただけなの。昨日、ううん、正確には今日になるけど、ミヤビちゃんとノエルくんを遣わせてくれてありがとう」
アパートの廊下で大声を出すのはマナー違反なので、小声でお礼を言い、軽く頭を下げる。
「ああ、なんだ。どういたしまして。正直に言うと、余計なお世話だったかなって不安だったから、良かった」
安堵したように表情を緩めた高坂くんに、私はかぶりを振った。
「ううん。余計なお世話なんかじゃないよ。誰かに気に掛けてもらえるのは、嬉しいことだもの。もしあのとき私が寝てたとしても、きっと変わらずに喜んでたよ」
飼い猫に隣人の様子を見に行かせるという行為には、やりすぎだとか、お節介だとか、そんな非難もあるかもしれない。
でも、その前提には私の心配があるんだ。
だったらどうして、彼の行為に感謝こそすれ、非難なんてできるだろう。
非難や嫌われることを覚悟してでも人を思いやって、それを行動で示すことができる彼を、私は素直に尊敬する。
「そっか。ミヤビに怒られた甲斐があった」
高坂くんは嬉しそうな顔をした。
和やかな空気になったところで、私は話題を変えた。どうしても彼の手荷物が気になってしまう。
「……ところで、それ、今日の夕食?」
ビニール袋を視線で示すと、高坂くんはなんだか気まずそうな顔をした。親にちょっとした悪戯を咎められた子どものようだった。自分でも少々寂しい食事だと思っているのかもしれない。
「自炊って面倒くさいじゃん。光熱費を考えるとスーパーで値引きの弁当を買ったりしたほうが安いしさ」
言い訳めいたことを口にする彼。
「うん、わかるけど、ちゃんと食べないと身体に悪いよ? ただでさえ高坂くん、痩せすぎだと思うし。顔色もあんまり良くないし……ずばり聞くけど、引っ越してきてからお米炊いたことある?」
私の視線から逃げるように、高坂くんは目を逸らした。
ひょっとして三日間、まともなご飯を食べていないのだろうか。栄養士の資格を持つ母から、きちんとバランスの良い食事をするように言われてきた私にとって、これは由々しき事態である。髪質はお母さん譲りだけど、痩せた人や動物を見過ごせないのは、おばあちゃん譲りかもしれない。
「……もし良かったら、なんだけど」
提案には勇気が必要だった。同年代の男子を自分から家に誘った経験なんて、かつて一度もない。それでも、この提案が正しいと信じて言う。
「今日はカレーを作ったんだ。猫ちゃんたちにはカニかまも買ってあるし、昨日のお礼に、一緒に食べない?」
「え。いいの?」
「悪かったら誘わないよ」
戸惑う高坂くんに、私は笑ってみせた。
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